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2007年11月1日(木)

 25日に東京を発ってから、昨日31日の夕方までは本当に一息吸って水に潜り続けていたように、途中全く息つく暇がなかった。その間、風邪を引き、少し良くなり、明日というより、もう日付が替わったので今日午前中いろいろ仕事や仕度をして、28日に稽古会を行なった大阪へ再び行き、夕方、朝日カルチャーセンターでの講座をする予定。
 このようなスケジュールはさすがに初めてだ。しかし、この1週間の間にあったことと気づいたことをエッセイ風に書いたら本が3分の1冊くらいは出来るだろう。
 25日、講談社の上岡女史から一度赤入れした再校の原稿を1冊分預かって西に向ったのだが、"のぞみ"の車中で赤入れした後は、ついに28日帰京中の"のぞみ"の車中まで手をつけられなかった。(そのため29日30日31日と、また夜も昼もない生活だったのだが)
 ここで旅行中にあった事を少し詳しくでも書き始めたらキリがなくなってしまうので控えるが、ふと振り返ってその時の状況がフラッシュで浮き上がったように思い出されるのは、京都の平安会館で25日の深夜、光岡英稔師と話したことと、26日、朝日新聞の出張授業オーサービジッドで行った福山の旭小学校で、私の授業を受けた小学校6年生AB両クラスの全員47名が、授業が終った後、「今日の授業で楽しかった人」という担任の安原先生の問いかけに「ハーイ」と全員が伸び上がるようにして返事をしてくれたこと、そして、その夜は能楽師の方々と突っ込んだお話しが出来たこと。
 翌日は例によって、さまざまに盛り上げて下さる福山のO女史を中心とした女性軍団の気遣いで、かなり濃い会が持てたこと。ここで思いがけずパワーリフティングをしている方からベンチプレスのやり方を尋ねられ、何でも試してみようと杖を持って畳の上に寝て、その杖に体重をかけて載ってもらったところ、上腕を伸ばし、また肘から手首を伸ばすことで、結果としてあまり力まずベンチプレスの形で手を上に上げることが出来、自分でも不思議な気がしたこと。そして、この時の気づきが微妙に影響したのか、28日の大阪の講習会でも"斬り落とし"や"切込入身"に、いままでにない感触があったこと。
 しかも、その気づきは29日東京武道館で行なったIACの講習会にもつながり、30日の夜は講談社の依頼の校正をしながら、少し稽古をした打剣で、何に私が気づいたかが少し分かりかけてきた。これは「非常口では順序よく」「追い越し禁止を守るように」という、ここ最近の気づきがキッカケとなっているが、14年ほど前にしきりに言っていた『願立剣術物語』にある「四方輪」が、あの当時とは違った姿で浮き上がってきているようにも思える。まことに言葉は限りがあるが、その同じ言葉で気づく内容の変化はとても数えられないようだ。
 体調の悪さも、気づきの不思議さに本当に心を奪われれば、体調が悪いと自覚することもないのかもしれない。そのことが果たしていい事かどうかは分からないが、これから4日連続の講座や講習会になるので、今はこの流れに自分を乗せていくしかないようだ。

以上1日分/掲載日 平成19年11月1日(木)


2007年11月5日(月)

 1日に、風邪を抱えたまま関西に行き、1日から4日まで連続して大阪やら京都で講座や講演を行なって、昨夜帰る。体調はいろいろな方々のお陰もあってか、出かけた時よりは良くなっていたが、体の調子が良くなると考える余裕が出てくるのか、気持ちが沈む。
 この関西の旅行中、プロ野球で中日が53年ぶりの日本シリーズ制覇のニュースに、世の中、動乱の予感。そう思う間もなく、民主党の小沢代表辞意表明。うんざりするのは、この事に直接であれ間接的であれ発言するのに民意、民意と言い立てる政治家がいることだ。民意という国民の意志というか、好みが「本当にまっとう」なら、現在のような諸々の問題が山積みの世の中になっている筈がないと思うのだが…。
 ごく身近な例をみても、旅行に出れば、旅館やホテルの和食は私には理解出来ないような味付けのものが多い。それは、食材の持つ自然な味を引き出そうとはせず、健康の面でも味覚のセンスを磨く上でも、それがいいとはとても思えない甘い味付けを殆どの旅館やホテルでやっているからである。おそらくこれも民意からだろうが、どう考えても、そのような民意を多数だからと尊重しなければならないとは思えない。
 民主主義は暴君の暴走を止めるくらいが本来の役目だったと思うのだが、科学の偏重と同じく、いつしかそれが絶対的に思われてきてしまったのだろう。 また、「アメリカのいいなりになるな」と威勢のいい事を言っている人達にしても、アメリカに冷たくされ、経済的に窮して、それこそ生活環境は悪化し、野草を食べるしかないような生活をしても、日本として独自の道を歩む覚悟のある人は果たしてどれほどいるだろうか。皆無とは言わないが、東西南北もよく分からず、薪を作ったり火を燃やす事もおぼつかない人間が大量にいる現代日本では、ごくごく僅かしかいないだろう。
 私は政治家の正直が第一だとも、密室での談合が問題とも思わない。幕末の日本など大陰謀によって歴史が動いた。あの決断で欧化主義の日本になった事が良かったとも私は思わないが、少なくとも国が大問題に直面した時、「民意、民意」などと言っていて、どうにかなるとはとても思えない。
 こんなふうに憂鬱さと憤懣が膨れ上がってきた今日、新潮社の足立真穂女史から、養老孟司先生の新刊『養老訓』のバウンドプルーフ(まだ校正の余地があるゲラを仮製本した試作本)が送られてきた。もちろん、このタイトルは、かの貝原益軒『養生訓』のもじりだろう。「日本の知恵袋」「社会の重しとなるご隠居」等々と謳われる養老先生の厳しく、きつい物言いでありながら、どこかフワリとウイッットの利いた養老節に私も何だか一息つけた。
 この『養老訓』は11月22日に養老先生が11月で、古稀を迎えられた事を記念して刊行されるとの事です。私のこともチラリと出ていました。御関心のある方は、どうぞお手にとって下さい。

以上1日分/掲載日 平成19年11月6日(火)


2007年11月9日(金)

 昨日〆切の迫っていた連載原稿を2本書き終えて、ふと手許にあったレイチェル・カーソン女史の『センス・オブ・ワンダー』や土田昇氏の『千代鶴是秀』をめくり、何気なく活字を追ううちに、その内容に引き込まれて、今の自分の、仕事や用件に追いまくられている状況が「これでいいのか」とつくづく思った。
 ただ、昨日も、先日、朝日新聞の出張授業オーサー・ビジッドで訪れた福山の小学校の生徒達から届いた大量の感謝の手紙を読んでいると、「これほど喜ばれたのか」と驚いたというか、気圧される思いがしたから、私自身の世間への露出度の程度をどうしたらいいのかと迷わざるを得ない。
 それにしても、いまの教育現場は、まだまだ好奇心旺盛な子供達の、その意欲を上手く導いているとはとても思えない状況なのだろう。小学校の特に低学年は歴史を学び、その歴史のなかに算数も理科も社会も入れて、原始の時代から人間が何を見つけ、どういう生活をしたかを体を使って学ぶという、私がかねてから提案しているような教育を、どこかで実際に行なわないのだろうか。
 ただ、あらためてこんな提案をすると、又思いがけない所からオファーが来て一層大変なことになりそうだ。今は、なんとか露出にブレーキをかけたいと思っているのに…。
 露出といえば、今日3日ぶりに池袋の講座に出るために家を出て、駅のホームを歩いていたら、大きな月刊『プシコ』のポスターに、ハッキリと目立つ「名越康文」の文字。私の畏友中の畏友も露出度があがり、もはや後戻りは出来ないようだ。お互い忙しくなって、以前、東京と大阪と離れて住んでいた時より、お互い東京在住でありながら会う度合も電話で話す量も、めっきり減ってしまった。ただ、それでも久しぶりに話せば、十数年来のテンションで話すことができるのは有り難い。年内に1度は少し時間をとって会いましょうと、お互い言っているのだが、果たしてどうなることか…。
 名越氏と年内にゆっくり会えるかどうかは分からないが、年内、思いがけぬ事件や事態の報道に接する事は、避けられないだろう。とにかく私は今後の仕事とどう向き合うかを、あらためて考えようと思う。

以上1日分/掲載日 平成19年11月10日(土)


2007年11月12日(月)

 昨日あたりから鼻をかむ回数がようやく1日数回程度になり、体調もまあまあ戻ったが、我に返ると用件の山が山脈状態になっている。そんな状態なだけに、私が約束をしながら忘れていることも十分考えられますので、私から何か連絡待ちの方は御連絡下さい。
 ここまで書いたところで、私のサイトの管理人から、私にメールが届いた。それは、昨夜、テレビ東京のスポット番組に私が3分ほど出ていたのだが(私自身は、ちょうど外出中で番組がどのような内容だったのか、自分でもまだ観ていないから分からないのだが)、その番組を観たという方からの熱いメールだった。
 この方のご感想を拝見して、つくづく思ったのは、現代の日本は本当にそんなにも人材がいないのだろうかという事である。
 私程度のレベルの人間が、現代社会で現在のように目立つということに、根本的な問題がある、という事は、以前から感じてはいたが、少なからずいろいろな人達に会われているらしい方から、予想外の賛辞を頂くと、もちろん有り難くもあるのだが、やはり気持ちが沈む。
 これからどう社会と関わっていくか、ますます難しくなりそうだ。

以上1日分/掲載日 平成19年11月12日(月)


2007年11月13日(火)

 『中央公論』誌からの依頼で、約1年ぶりに桑田真澄氏を松聲館に迎えて対談を行なう。思えば2000年の2月に初めて会ってから7年、ずいぶんと私の話を理解してもらえるようになった。(という事は、世間一般のトレーニング理論や技術論とは、ますます距離が離れてきているという事である)その上、人としての人間力が渡米以前より明らかに一回り大きくなっている。かの地へ渡って「日本の良さをあらためて感じました」という言葉には実感が籠っていた。さまざまな面で日本という国が実質的に崩壊しかかっている現在、桑田氏のような人物が発信する言葉は貴重である。
 それにしても私の意見を本質的に理解してもらっている事が実感できる人との語らいは楽しいものだ。予定の2時間が3時間近くになり、多少私の技も受けてもらったりして対談を終えた。この内容は『中央公論』2月号(2008年1月10日発売予定)で、約1万字ほどの記事となって載る予定とのこと。ライターは、医学書院のT氏や、みずほの『Fole』でお世話になったK女史と並ぶ中公のホープ井之上氏なので、私も赤字を入れるのを今から楽しみにしている。
 今日、自分でも意外だったのは、このところ体調を崩したり、忙しかったりで、あまり体を動かしていなかったのだが、思っていた以上に体が動いたこと。それを桑田氏に実に楽しそうに受けてもらったので、私もいっそう体が動いたのかもしれない。この分では17日の神戸女学院での座談、そして18日の四国丸亀での講座は、先週案じていたよりは体が動きそうだ。
 あらためて考えてみると、四国での講座は久しぶりとなる。世話人の守氏によれば、今回初めて個人の道場で行なうので、公立の体育館等では難しい武術も出来そうだとのこと。まだ人数に余裕があるようなので、参加ご希望の方は守氏までメールで御連絡頂きたい。

以上1日分/掲載日 平成19年11月14日(水)


2007年11月21日(水)

 17日に神戸女学院で武者小路千家の、千宗屋若宗匠を迎えて、内田樹教授、島崎徹教授と、私の4人で公開トーク、18日、四国丸亀で稽古会、19日に帰宅して、20日は山ノ上ホテルでM君との共著のため、対談、と僅か4日間の間(実質3日間)に起こったこと、感じたことを書いたら、それだけで本2〜3冊になるくらい、いろいろと感じ学ぶことが出来た。それを少しでもまとめるなり、また23日からの新潟行きの仕度もして…と思っていたが、その4日間の間に溜まっていた依頼用件に新しい依頼の電話が午後からすでに3件。それに先ほどは講談社からの桜井章一雀鬼会会長との共著本のゲラが届いたりと、また、いつものことだが、旅帰りの翌日が、あってなきが如く消え去ろうとしている。
 それにしても、昨日のM君の話の内容の見事さと情熱には、本当に引き込まれた。現代の日本に礼を厚くして、話しを聴かせて頂きたいと思わせるような(つまり全人的に尊敬できる)22歳の青年など本当に稀だと思うが、M君はその数少ない人物の一人。中学生の彼と初めて出会った時から、確かに光を放ってはいたが、ここまで成長するとは…。明治時代は尋常小学校の先生が、自分の教え子が大学生となって夏休みに帰郷すると、その教え子に、いろいろ新しい知識を学びに行ったという話があるが、まさにそういう感じがする。彼との本作りには、かつてなかったスリリングさがある。
 その思いが、いま忙しさに潰れそうな私を支えているのかもしれない。
 人との出会いに恵まれてきた人生だと感謝してきたが、遥か年下にそうした得難い人物を得る年齢になったのだと、あらためて思った。

 さて、もうすぐ12月ですが、夏前に何とかしようとしていて、そのままになっていた白蟻対策がとても放っておけない事が最近明らかになったため、片付けをしなければならなくなりました。そのため、新しい御依頼はとても受け付けられませんので、よろしく御理解のほどを各方面にお願い申し上げます。

以上1日分/掲載日 平成19年11月22日(木)


2007年11月24日(土)

 いま 佐渡にいるが、ここに来て、ハタと 竹刀や 杖、木刀などを、今回は持参していないことに気付く。各地での講習会も、場所によっては、用意してあったり、最近は、陽紀が同行することも多いので、陽紀が持っていてくれるから、今回、私一人なのに、つい、うっかりしてしまった。まあ、あまりに用件や、考える事が多いせいも、あると思うが、なんとも情けない。

 このような訳ですので、明日の、新潟の講習会で、竹刀や杖を使うことに関心のある方で、そうした道具をお持ちの方は、持って来ていただければと思います。

以上1日分/掲載日 平成19年11月24日(土)


2007年11月27日(火)

 新潟、佐渡、新潟と、23日からめまぐるしく日本海を行ったり戻ったりして、26日は新潟から、そのまま綾瀬の講習会へ向かうという状態。そして、乗り物の中では年内ギリギリで講談社から刊行可能になるかという、桜井章一雀鬼会会長との共著『賢い体、バカな体』(おそらくはこのタイトルに決まるらしい)のゲラの最後の校正をする。
 したがって、振り返ってみると、この4日間にあったことがいくつも重なって、ちょっと混乱してしまうが、初めて見た佐渡の秋の景色は深く印象に残っている。それから、23日の夜、ちょうど新潟での講習を終えた意拳の光岡英稔師と、夜かなり話し込めたこと。あと、佐渡や新潟の講習会では、最近しきりと言っている「体を追い越し禁止で使う」ということが、さらに詳しく分かってきて、無理な追い越しをして衝突してしまい、さらに体じゅうが玉突き衝突を起こしているのに、その事に気がつかない鈍い状態の人が大変多いという事が身に沁みてわかってきた。(私もその一人だったから) そういう気づきがあったからだと思うが、佐渡でも新潟でも、また綾瀬でもずいぶんいろいろな譬えを使って、ひたすら喋りながら技の解説を行なった。
 そのため、講習会の後の打ち上げ、そして更にその後の二次会もなかなか終らず、佐渡も新潟も、そうした二次会まで入れれば6時間とか7時間は喋りっぱなしだったように思う。これは、人に技の解説をしているうちに、自分自身でもいろいろ気づくところがあるから、止めるに止められなくなるからである。
 まったく自分でもいま元気なのか疲れているのか分からない3日間だった。そこまで自分を乗せられたのは、新潟の野澤氏、佐渡の三浦氏という世話人の方々のお陰も大きい。ここであらためて御礼を申し上げておきたい。
 それと、今回後半は不思議に体がよく動いたのは、あまり食べなかったからのような気がする。たとえば26日の綾瀬の東京武道館での講習会は、それが終った夜の9時頃まで、朝から食べたものは佐渡の名産のおけさ柿1個と干し芋数片だったし、26日の新潟の講習会の折も、打ち上げが始まった6時頃まで、朝から柿2個とサンドウィッチ2片だけだった。
 私は二十代の半ば頃から、食べないと激しい空腹感に襲われるという事が殆どなくなり、四十代以後は空腹を感じることが年に2〜3回程度だったが、ここ数年間は1日じゅう食べなくても、ハッキリとした空腹感を訴えることがまったくなく、ただ街中で食べ物の匂いに敏感になってくると、「あっ、空腹なんだな」と二次的に分かる程度である。したがって、各地を旅行している時など、自分一人の食事の為だけにレストランとか食堂に入ったという事は、皆無とは言わないが、いままで60年近く生きてきて3回か4回あったかどうかだと思う。
 こう書くと羨ましいと思う人もいるだろうし、食べるという事に人生の楽しみを見出している人からは「かわいそうに」に思われるかもしれないが、私としては気が散らなくてちょうどいいと思っている。それに、美味いも不味いも関係ないという訳ではないから、私なりに味も楽しんでいる。たとえば、今回の旅では、たまたま佐渡の"道の駅"で食べたふかしたサツマイモは非常に美味かった。まあ、私はどんなに手のかかった和菓子などより、焼きイモ、ふかし芋、干し芋や干し柿の方が好きだし、高価な日本茶、紅茶、コーヒーよりも麦茶やハト麦茶(あるいはハト麦やクマザサやハブ草などが混ざった薬草茶)の方が好きだし、私の大好物のカレーも、自分で作ってよく出来た時のカレー以上に美味いカレーに出会うことはまずないから、ずいぶんと経済的である。ただ酒やタバコの禁断症状は出ないが、果物や新鮮野菜がないのは辛くなる。
 そして、どこかで、いわゆる遊んだりするより、山歩きをしたり稽古研究をしている方がずっと楽しいから、有難いことだと思う。つまり、武術に関して才能があるとは思えない私が、現在のように世の中から関心を持たれるようになったのは、こうした私の好みが稽古研究以外のことに気持ちが取られなかったお陰もあったからだと思うからである。

ここでインフォメーションを少し…。

 私の講習会関係では、最も近くでは11月30日に朝日カルチャーセンター湘南での講座があります。多分まだ受け付けていると思います。
 12月2日は仙台で、ここは満員かもしれません。
 8日、9日は長野で、ここはまだ受け付けていると思います。
 それから、私も巻末に対談で少し関わった岡田慎一郎氏の著書『古武術あそび』(NHK出版刊)が明日あたりから書店に並ぶようになると思います。
 また、MCプレスから桐朋学園の矢野龍彦先生と長谷川智先生監修のDVD付きの本『「ナンバ走り」を体得するためのトレーニング』が刊行されています。この本にモデルで登場している鈴木伸之氏は8年前、鈴木氏が、桐朋高校の生徒の時、私と出会った選手です。この鈴木氏が、私の武術の動きに関心をもったことがキッカケで、桐朋のバスケットボール部がインターハイに出場するまでの成果を挙げ、そのことが、その後スポーツ界に私の武術に関心を持つ人を生む原因を作ったのですから、鈴木氏は、武術をスポーツに応用するという道を拓いたキーマンとも言える人物です。鈴木氏のこと、そして鈴木氏に縁が繋がった原点ともいえる長谷川智先生のことを思うと、本当に人の世の出会いの不思議さを思わずにいられません。
 それから私が出演するテレビについては、いままで殆ど事前に、告知をしたことがありませんでしたが、今回は12月2日午前5時からNHK教育テレビ「こころの時代」に出ることと、多分12月11日のフジテレビの「マリーアントワネット」という特番に、岡田慎一郎氏と介護関連で出演することをお知らせしておきます。なお、「こころの時代」は早朝ですので、見られない方は来年の1月6日午後2時に再放送の予定があることもお知らせしておきます。

以上1日分/掲載日 平成19年11月28日(水)


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