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2007年12月4日(木)

 怠らず行かば千里の末も見ん
        牛の歩みのよし遅くとも

という古歌がある。
 恐らくは進歩の遅い者を励ます歌だと思うが、白蟻のため、部屋の改装を余儀なくされた私は、ここ2日ほど、1日のうちに何度もこの歌を思い出す。
 今回の白蟻騒動で、道場建設以来初めてと思われる本格的片づけに着手したお陰で、十数年間行方不明だった資料や道具が見つかった事は幸いだが、ほとんど物置同然だった部屋を片づけるため、十数個の段ボールに入った本や資料を、今日第一陣として送り出したものの(確かに部屋の中の書棚や物入れは減ったのだが)床の上には未整理品が山をなし、何だかほとんど物が減っている気がしない。まるで乗用車に何人乗れるかという競技をして、もう20人も出てきたのに、まだまだ人間が出て来るような感じだ。
 とにかく、ほとんど全ての用件をカットして、2日前から一日中ひたすら片づけているが、一体いつ片づくのだろうかと呆然とする思い。すでに7割は運び出している筈なのだが…。
 それにしても白蟻の食害には驚く。戸棚の後ろの床に落ちていたガムテープの芯材部分が半分ほど食われていたり、ポリエチレンコートの紙袋の紙の部分だけ食われていたりという有様。とにかくまったく猶予はならないので片づけ続けるしかない。そして修繕改装し、道場にまではみ出ていた様々な本や資料を何とか部屋へと撤収し、いつでも道場を使える状態に戻したい。
 仙台での講習会での気づきやら、その他書きたいこともいろいろあるが、今日はここまでとしたい。

 このような状況ですので、年内はまったく新しい予定は入れられません。よろしく御推察下さい。

以上1日分/掲載日 平成19年12月5日(水)


2007年12月9日(日)

 整体協会身体教育研究所の野口裕之先生から、かつて「3日間完全に自分が専門としていることを休んで他のことをやったら、元に戻るのが大変だと親父(故野口晴哉先生)が言ってましたよ」という話を伺った時、「そんなもんかなあ」と思って、いまひとつ納得がいかなかった。というのも、野口晴哉先生は、それこそ50数年間1日も休まず、人の体を観つづけてきたと言われているし、身についた感覚がそう簡単に消えるわけはないだろうし…と、いくつもの疑問符がついたままだった。
 しかし、今回の白蟻騒動で部屋の片づけを余儀なくされ、しかも年内に何とか床を張って、ヒバ油、木酢などの人体に影響のない方法で防蟻処置を、という事になると、もう全てのことを中断して、それにかかりっきりにならざるを得なくなり、3日から7日まで、ほとんど他のことはせず集中的に片づけをやった。
 そして、始めて2日ほどした夜、それまで必死に片づけて、人生でこれほど大変だったことは今までなかったなあ!とまで思うほどだったのが、その片づけに心身が適応し始めたのか、とにかく脇目もふらず、それに没頭出来るようになり、「うまい具合だ」と思ったのだが、片づけにハマったその時が、今にして思えば完全に自分が専門にしていたことを休んでしまった初日だったように思う。
 長野の講習会に行く前日の7日に、片づけを手伝いに来てもらった人と、最後にちょっとだけ稽古をしたのだが、その時、体が必死に感覚を確かめていることに気がつきハッとなった。そして8日、長野での年末恒例の講習会に臨んだのだが、講習会直前になっても、モードがまるで講習会に臨む状態に切り替わってこない。
 そして、その時、裕之先生の「3日間完全に自分の専門にしていることを休んで他のことをやったら、元に戻るのが大変ですよ」というお話が、まざまざと思い出されたのである。幸い、いざ受講される方々を前にして講座を始めると何とか動けたのだが、何だかギリギリだったなという感じだった。
 つまり、いつも燃やし続けていた窯の火に薪をくべるのを、しばらく止めていたために燠(おき)となった薪も、もう消えかけていた寸前に、「何とか薪が補給できた」という気がしたからである。「そうか、野口裕之先生が言われていたのは、こういう事だったのか」と納得した。
 つまり、病気か何かで寝ていれば、ある種"凍結状態"となるため、まだ影響が少ない気がする。もっとも古文書解読も1週間現場を離れると、勘が戻るのに少しかかるという話だ。それならば、そういう、ただ現場を離れていてさえ影響が出るなら、なおのこと、まるで別のことを、それも一心にやっていると体がそのことに適応し始めるから、いっそう技の感覚は失われやすいのかもしれない。
 まあ、それほど必死で片づけたという事でもあったのだろう。
 しかし、片づけに夢中にならないと能率は上がらないし、そうなると技の感覚を忘れそうだし困ったものである。まあ、これからは片づけても1時間くらいは一人稽古をしようと思う。しかし稽古も興が乗れば何時間もしてしまいそうだし(だからこそ、いままで技を拓いてこられたのだろうから)、本当に難しいものだ。
 しかし、いま長野から帰って来て、久しぶりに体が軽くなっており、私にとって稽古がいかに必要かが実感できた。難事ではあるが、片づけと稽古と当分両立させてゆこう。

 さて、ここでインフォメーションをひとつ。
 私が足裏の垂直離陸に気づいたキッカケとなった馬貴派八卦掌の李保華老師の講習会が、1月下旬から日本で始まります。御関心のある方はこのサイトにお問い合わせ下さい。

以上1日分/掲載日 平成19年12月10日(月)


2007年12月15日(土)

 ただでさえ慌しい年の暮れ。しかし、今年ほど忙しい思いをした事は、いままで記憶にない。そのため、いろいろな方々から頂き物をしたり、御連絡を受けながら、ほとんど返事も出せていない。それもこれも私の部屋の白蟻騒動が何よりの原因である。
 一昨日の13日、床板、根太、大引等を全面撤去したが、それらは、ものによっては殆ど段ボール状態でスカスカ…誠に白蟻恐るべし。
 床面を取り去って分かったのだが、白蟻食害の原因は、長年の間に母屋に比べて土地が低くなっている道場と私の部屋の地面に、雨水が土砂を堆積させ、建築当時より20cmくらいも一部の土地が高くなってしまい、床下に雨水が流れ込んで湿気が高くなったからのようだ。「塵も積もれば山となる」という諺を実感する。
 この部屋に満載だった本や資料や道具類は、すでに段ボールにして20個くらい運び出したが、なお梱包しきれない荷物で道場は一杯。まるで避難所かノミの市だ。これを、なるべく捨てるなり売るなり、貰ってもらうなりして量を減らし、新しくなった部屋へは厳選して運び入れたいところだ。
 しかし、大工のT氏の手伝いや雨水排除の土掘りといった仕事は、片づけに比べ、遥かに楽しく、やりがいがあって、ついついハマってしまう。もちろん、これらは必要な事なのだが、それと同じく必要な片づけへの熱は、つい後退しがち。そこを何とかしたいのだが、これには何か稽古の工夫につながるような新しい気づきが要るようだ。

以上1日分/掲載日 平成19年12月16日(日)


2007年12月22日(土)

 フト気づけば、すでに師走も22日。12月に入って2度、2日間ずつ仙台や長野での講習会のため、丸々家を空けた以外は、都内での講座の日も、在宅中は、ひたすら片づけと家の修繕、そして、少し稽古の日々を送る。
 「怠らず行かば千里の末も見ん、牛の歩みのよし遅くとも」という古歌を思い、また、いま世の中を騒がせている年金の記載照合問題の困難さに比べれば、まだずっとマシだと、自分を励まして、とにかくやり続け、18日には白蟻の防除を施してもらい、昨日21日は床板もすべて張り替え、部屋として使える状態となった。
 それにしても、家の周囲の穴掘りや堆積した土砂の取り除き、水路掘り、枝降ろしなどで体を使って作業するのは気持ちのいいものだ。ジムでバーベルなどで筋トレするよりも、達成感もあり、実用的な仕事で体づくりをすることの有用さをあらためて実感した。そのため、ついつい、そうした外まわりの仕事をしがちだが、まだ道場じゅうに山積みした荷物の整理や、書棚を作るといった作業がある。気をゆるませないようにしなければ…。しかし、まあ何とか今回の改装も峠は越したので、漸く何日かぶりにこの随感録を書いている。
 ここで物書きをすると、そのモードに入って、片付けがおろそかになりそうな気もしたが、とにかく白蟻騒動で、各方面から、いろいろいただいている御手紙やさまざまな品々の御礼も、ほとんど出せていない状態なので、荷物に取り囲まれながら、取り敢えず近況報告と御礼をと思い、いまこれを書いている。

 お気遣い頂いた方々に深く御礼を申し上げます。
 白蟻の防除は毒性の強い薬剤によらず、ヒバ油と木酢等を使う方法を選んだため、道場も部屋も桧風呂に入ったような香りが今も残っています。
 来年は何とかいままでになく効率のいい空間の使い方をしたいと思います。

以上1日分/掲載日 平成19年12月24日(月)


2007年12月30日(日)

 気づけば、もう暮れの30日。今年も、もう後20数時間。しかし今年は白蟻騒動で家の改修を迫られたため、11月の末から約1ヶ月、毎日が大掃除状態で、暮れの大掃除という感じが全くない。
 改修が済んで蘇った部屋に、下手にいろいろ荷物を持ち込みたくないので、道場はいまだ難民キャンプ状態。それでも洪水の後の水が徐々に引いていくように、畳は見えはじめている。ただ、とにかくこの機会に思い切って書類を処分しようと整理しているため、その点検で作業はなかなか進まない。そのため年賀状書きは、唯一ある長老の方へ書いた1枚以外は完全にあきらめた。
 来年も恐らく多くの方々から賀状を頂くと思いますが、まず、お返しの賀状は出せないと思いますので御容赦下さい。
 この1ヶ月、ほとんど家の改修にかかりきりとはいえ、技の気づきと進展もそれなりにあった。ただ、それを書いている時間がなかったので、御関心のある方は年明けのIACの講習会や(これは既に満員かもしれませんが)池袋コミュニティカレッジ(ここが満員になることは、まずあり得ませんし、ここは当日受付けもしています)、その他、名古屋、福山、四国等の講習会にお越し下さい。
 それにしても今年はいろいろな事があった。人との出会い、気づき等々、それらについて書き出したら片づけが止まってしまうので控えたいが、最近もっとも心に残った体験は、27日に今年最後の野口裕之先生の個別稽古を、身体教育研究所に受けに行った時のことである。
 この日、野口先生のところに伺う前に、ずいぶん久しぶりに精神科医の名越康文氏と会って近況を話し合い、共に野口先生の許へと伺ったのだが、野口先生は、前回伺った11月中旬から1ヶ月半ほどの間に、我々が思ってもみないような気づきを得ておられた。
 したがって個別稽古はそれに沿ってのものだったが、終ってしばらくは足許がフラついて満足に歩けなかった。野口先生とは、すでに30年近いお付き合いになるが、その常識を超えた発想と、それによって導き出される技術の凄まじさには感嘆の他はない。そして、それによって明らかにされる生命の営みの精妙さは、ただ人間が生きているというそれだけの事の中に、どれほど驚くべきことが隠されているかという事を我々に語りかけてくる。
 今の私にハッキリとした師という存在はないが、立場的ということではなく、まったくの中身として生きていくことのセンスに深く感嘆させられ、仰ぎ見る存在としては、野口裕之先生がまず第一に思い浮かぶ。
 それにしても、今年も本当に多くの方々に教えられ、また御協力頂いた。あらためて御縁のあった方々に深く感謝の意を表わしたい。

 随感録もこれが今年最後になると思いますが、最後に尋ね人をさせて頂きます。
 2003年頃まで、関西で私に様々な力を貸して下さった、当時医学生だったS君。最近しばしば貴君のことが思い出され、名越院長や光岡師、内田教授との話題にも上っています。貴君以外には誰も代わりようのない、あの人との応対の見事さに、永く触れられないのは、誠に残念です。どうぞ一度御連絡下さい。

以上1日分/掲載日 平成19年12月31日(月)


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