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2008年4月12日(土)

 今年の4月は様々な物の値も高くなり、"四月クライシス"という言葉もあるそうだが、本当に3月から4月に替わって、何だか社会全体の雰囲気までガラリと変わった気がする。大袈裟ではなく、3月と4月の間に何年も経ったのではないかとさえ思う。もっとも3月から妙な気配はあった。桜の開花も不意打ちだったし、大陸の方では不気味な鳴動が始まっているし…。
 そういえば、"桜前線"などという言葉も過去のものになった。どういう理由かわからないが、関西よりも1週間も早く東京で開花してしまうのだから…。かつてのオイルショックでトイレットペーパーや洗剤不足でパニックが起こったのとは比較にならない何かが、密かに始まり出しているような気さえする。そのような流れの中にあって、私自身にも次々と様々なことが起こる。
 人との出会いに関しては、今日は、M君の紹介で、アニメーターの磯光雄監督にお会いしたが話はスリリングな展開となった。また、9日、名越氏と共に伺った桜井章一雀鬼会会長のお話は、もう何十回お会いしている筈なのに、思いがけないセンスのいい表現や、エピソードなども伺えて、得るところ多大だった。
 それにしても最近は、本当にギリギリの毎日だ。いつの間にか、返事をしなければならないのに返信出来ないままの手紙やメールは数十通たまっているうえ、随感録も書いていないので、私が寝込んでいるのではないかと心配して下さる方も出る状態である。(そのため、いま無理に時間をつくってこれを書いている)
 ただ、そうしたなかにあって、技はめまぐるしく変わり、私自身何がどうなっているのか捉えかねている。とにかく、いま展開してきている技は、直接その場で接した人達にしか解説のしようがない。御関心のある方は、近くでは19日の、福山の講座が、まだゆとりがあるようですので、どうぞお出かけ下さい。

以上1日分/掲載日 平成20年4月13日(日)


2008年4月17日(木)

 体の中を風が渦を巻いて吹き抜けていくようだ。体調は決していいとは言えないのだが、さまざまな用件が海辺に打ち寄せる波のように絶えない事と、何より技と術理が変化していくことの早さというか目まぐるしさに、私自身が翻弄されているからだろう。
 「さながら、背中に羽が生えたような…」という表現が慣用句のひとつにあるが、ふと"正面の斬り"をやろうとした時、それが単なる表現ではない実感を伴って感じられたり、山の斜面を丸太が滑落してくるのに何とか対応しようという状況そのものになったり、"直入身"等で実際には見えない感覚的に蹴った足をどう使うかで思いがけないくらい技が利いたりと、次々に今まででは予想もしなかった風景に出会っている気がしている。
 それにしても、いま「あわい」実感を伴って、私のなかにあるのかないのか分からない存在感ながら、同時に確かに在る感じがしているのは、「斬り落とし」や「浪之下」といった、相手を下に崩す系統の技で、そういった「相手を下に崩そうとする時、そこにある『何か』が邪魔になるので、それを上に挙げてしまえばいい」という術理。これなどは、もはや術理とは呼べないだろう。しかし、これに気づいた時に私の相手をしてくれていたY氏は、こんな訳の分からない私の説明にもかかわらず、少なからずY氏自身にも得るところがあったようだ。とはいうものの、このような術理は直に触れていた人はともかく、書いたものを読んでもらっても人を惑わす事の方が多いのではないかと思い、書くまいとして極力控えていたのだが、一昨日の15日、桜井章一雀鬼会会長からお電話を頂いた時、こういった翼が生えたり、羽ばたいたり、という話に、桜井会長が何故かひどく共感して下さり、何かその時、本当に痛いほど私に伝わってくるものがあったので、自分のなかで封印をしていた何かが剥がれ落ちたようである。それに12日お会いしたアニメの磯光雄監督も、およそ他人には絵空事のような事を、実にリアルに実感されているという事で、そのお話も私の封印を緩ませたように思う。
 しかし、まあ今回は書いてしまったが、今後は基本的に、もう当分は技については書く事は少ないと思う(もっとも、今後どんな展開があるかは皆目見当がつかないから、あまり確約は出来ないが)。
 とにかく、今はこのように大変揺れ動いている状態ですので、もし御関心のある方は、講座や講習会などにいらして下さい。

以上1日分/掲載日 平成20年4月17日(木)


2008年4月23日(水)

 4月18日の奈良を皮切りに各地を転々として、22日に帰ったが、今回は初日の奈良行きが、もう1ヶ月以上も前の事に思えるほど、いろいろな事があった。
 しかし、何といっても一番強烈だったのは、安芸の宮島であった身体教育研究所の合同稽古会だろう。そろそろ30年になろうという身体教育研究所所長の野口裕之先生との縁だが、その野口先生の感性の切れ味と、その革新性は年と共に丸くなるどころか、ますます鋭くなって、しかも刃もあちこちについてきている。
 千鳥十文字の槍穂の研ぎは研師泣かせで、「必ずといっていいほど、研いでいて手を切ってしまう」と、かつて懇意だった研師の故鈴木泰平師が嘆かれていたが、野口裕之先生の凄さにあこがれ飛び込んで来た人も、一般に「野口整体」の俗称で知られている社団法人整体協会の在り方とあまりにも違う事に、溜息をつかざるを得ないのではないかと思う。
 天才というのは、世の常の道、あらかじめ敷かれていた道を決して歩かぬ人に冠せられる形容だが、親子二代天才が続くと、二代目の天才は初代を深く尊敬はしていても、自分自身の才能のために初代が敷いたレールとはまるで違った表現方法をもって、自らの道を切り拓くものなのだろう。
 それにしても、かつて達磨を招いた梁の武帝が、「我、寺を建て僧を度す。何の功徳がある」と言うのに、「無功徳」と返した痛快さを思い出さずにはいられない。身体教育研究所も、一応は心身の健康維持のための団体と思っていた人が、そういう健康など何の興味も関心もないと言われたら、やはり戸惑うだろう。
 しかし、心の健康というより、人間存在そのものについて深く考えたら、その本質は体が病に侵されているいないに関わらず、自らが生きている事そのものと深く一体化する事ではないだろうか。
 無住心剣術などの心法の剣を本質的に考究する上で、野口裕之先生の存在は、私にとって無二のものと言えるだろう。

以上1日分/掲載日 平成20年4月24日(木)


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