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2009年7月3日(金)

 10年に1度も出合う事のない衝撃的な本と出合った。しかし、いまそれについて書いている暇もない。なにしろ今日はこれから新宿の朝日カルチャーセンターでの講座。そして、明日は九州博多で桜井章一雀鬼会会長との公開トークがあるため、早朝に家を出るからである。そのうえ5日は、大分での稽古会。その後、岡山や千葉に寄って帰り、帰ってまたすぐ江東区での音楽家対象の公開講座。翌日は池袋コミュニティカレッジ。そして次の日は神戸のよみうり文化センターを皮切りに、関西で3日連続の講座や講演会が続くので、その用意があり、その間に企画の打ち合わせその他で、もう自宅にいても戦場のような有様。個人的な、どうしても切迫した手紙を2通書いた他は礼の電話を3件、この他のプライベートな連絡に一切対応出来ず、誠に心苦しいがやむを得ない。
 しかも、技の進展は常に私を突き上げてくる。また、私がアイディアを出した身体調整トレーニング用具の試作が届いていて、ついそれも試してみたくなる。21才で死んだ天才数学者ガロアに例えることはおこがましいが、数学と社会運動というジャンルの異なるやりたい事、やらねばならない事を抱えた者の身を割かれるような思いが、今までで一番分かった気がする。
 そうしたなか、以前お会いした時、「こういうふうに見事に年を重ねられる女性も存在するのか」と感嘆した、ヴッパタール舞踏団のピナ・バウシュ女史が亡くなり、又その少し前、雑誌からネット上に移行した『リス』の連載"ほころび"のなかで紹介したばかりの柴田乃武子さんの訃報を聞く。乃武子さんには、この連載がアップされたら十数年ぶりにお目にかかりに伺いたいと思っていただけに、本当に残念。御二方の御冥福を心から祈りたい。

 私が出合った衝撃的な本については出来るだけ近いうちに紹介したい。

以上1日分/掲載日 平成21年7月3日(金)


2009年7月6日(月)

 7月4日は、桜井章一雀鬼会会長との公開トークのため、博多へ。そして、昼12時過ぎから夜の12時近くまで、桜井会長とずっと御一緒させて頂いて、半日の間に、これほどさまざまな事が思いうかび、また考えさせられた事は、ちょっと記憶にない!という日になった。
 とにかく夜の12時近く、桜井会長がホテルの部屋に引き上げられた後、いまさらのように私の身体全体にのしかかって来たのは、桜井会長の凄まじい孤独さである。数十年も前に、既に「見るべきほどのものは見た。やるべきほどの事はやった」と思われていたであろう。天才中の天才が、その後も身についたまま離れない才能を、「もてあます」という言葉が適当とは思えないが、毎朝心に剃刀を当てたという現役時代の凄絶な日々がすでに遠い記憶になられている(と思うのだが)桜井会長にとって僅かに命の灯が燃えるのは、サメや海亀がいる海で命がけの思いをされる時くらいかもしれない。
 その桜井会長がどういうサービス精神を発揮されたのか、あるいは、御自身の退屈を紛らわせるという事も多少おありだったのか、もはや他人からは伺い知れないが、公開トークや、その後のイベントも終わって、ホテルに、我々と戻られてから、さらに、ホテルの喫茶店で今回の公開トークを聞きに集まった私の知り合いの人達や、その知り合いの人達の知り合いのひと達に囲まれて、ずいぶん長い間お付き合い頂いた。とにかく桜井会長とお別れしてからも、頭の中にかつてないほど様々な感想、昔の思い出などが溢れ出し、収拾に困り、この回に飛び入り参加の(桜井会長からのお誘いで招待客から舞台に上がられた)光岡英稔・韓氏意拳日本代表と深夜3時頃、電話でしばらく話をした。(光岡師はこの日の夜12時近くから佐世保に移動されていたので)
 今回のイベントに関して、桜井会長に対する光岡師のコメント「別に伝える事はしなくても、伝わるものは有りますね」は、さすがと、感じ入った。
 この夜、私はかつて師事した合気会の山口清吾先生のことが何故かしきりに思い出され、それから私が大きな影響を受けた整体協会の野口晴哉先生、また節目でお世話になった新体道の青木宏之先生、さらに歴史上の人物で私が深い尊敬の念を持った無刀流開祖の山岡鉄舟居士、無影心月流の梅路見鸞老師といった方々が背負われたものをあらためて思った。
 そして、人間の才能、組織の在り様、人の育て方等々、とてもではないが容易に解答の出ない、それらの事々が私の頭の中で様々に明滅していた。
 とにかく桜井会長には「遠路本当に御足労をおかけしました」と御礼を申し上げたい。
 しかし、どうやら私も私の身近な人達も、そして、あるいは世の中全体も、ひとつの転換期に差しかかっているような気がしてならない。というのも、前回の随感録のなかでも触れ、今回の桜井会長との公開トークの最後にも参加者の方々に申し上げた、私にとっての衝撃の本に関する事が、昨夜フジテレビの「サキヨミ」でも放映されたらしいからである。その本とはCCD、つまりColony Collapse Disorder(蜂群崩壊症候群)について書かれた『ハチはなぜ大量死したのか』(原題Fruitless Fall 「みのりなき秋」、ローワン・ジェイコブセン著 中里京子訳 文藝春秋社刊)である。
 私が武術の道へと入ったそのキッカケとなった事は、東北のある農場で人間の経済原理の勝手な都合で、孵化したばかりの鶏の雄雛が特大ポリバケツに一杯つめられ、さらに足で踏み入れられた時の雄雛の悲鳴を聞いた時である。この時に、生命を扱う農業がこのように工業化している事に、どうしようもない違和感を覚えたからだが、その私が武術に志す最初のきっかけとなった、原点の出来事と同じ種類の出来事に、いま激しく心を揺さぶられて、その問題に回帰し、この農業の工業化の問題について私に出来ることから問題点を世に問うていきたいと思い始めている。
 そして先程、私の身近な人達もひとつの節目を迎えていると書いたが、畏友の名越康文氏は二十代の初めに関心を持った原始仏教の教えと修行に、いまあらためて関心を持ち、向き合っているようで、名越氏もひとつの原点に回帰しているらしい。
 今後、私と私の周囲、あるいはもっと広く社会全体が大きく変わることがあるかもしれない。ただ、それがどういう形で来るのかは全く予想もつかない。

以上1日分/掲載日 平成21年7月7日(火)


2009年7月13日(月)

 11日は神戸の「よみうり神戸文化センター」へ。その後、大阪なんば、岸和田と回って帰宅。6月から週末はずっと九州や新潟、北陸と、あちこち仕事で出かけているが、今月に入って、いつもバッグの中には『ハチはなぜ大量死したのか』が入っていて、11日は神戸に向かう新幹線の中でウトウトしていても、耳の中でハチの羽音がずっと聞こえているような切ない気分。農薬による作物の大量入手という方法が農作物の豊かな稔りに必要な花粉媒介の昆虫をも殺し、生態系を破壊し続けるという愚行を犯していても、欲にまみれた人間は、もはや後戻り出来ないのだろうか。
 もし農薬を止めるのなら本当に素朴質素な食物で十分生きていけるだけの食習慣を身につけるところから始めなければならないだろうし、それに関連して、絶えず過剰な消費意欲を煽るような資本主義も根本的に見直さないとならないから、それはそれは大変な事である。なにしろ現代に生きている人間が、その生き方の大転換を行わなければならない事なのだから…。
 しかし、現代に生きて行くという事は、たとえそれが万に一つの希望であっても、その希望を持って生きて行かねば、CCD(蜂群崩壊症候群)の蜂と同じように免疫力も低下させてしまい、その結果生命力も落ち込んで周囲に負担をかけることになるので、たとえ怒りであっても(もちろん、喜びのほうがずっといいが)意欲の低下だけは出来るだけ回避しなければならないと思っている。
 ただ幸いなことは、先月から技の気づきが、かつてなかった展開となっているので、これをより育て、私は私のジャンルのなかで、まずは農業の工業化ならぬ、身体トレーニングの科学的工業化の問題点を多くの人々に関心を持って頂けるような活動をしてゆきたいと思っている。そうした中で農業の工業化や医療や教育のロボット化を何とかしたいと思っている人達と、これから先の人間社会の在り様について共に考え、新しい道を拓いて行けるなら、そうした方向に活動を向けて行きたいと思っている。
 今回旅の途中から絶望的な気持ちが、多少なりとも持ち直せたのは、私を支援し、また私に何事かを托して下さっている方が少なからずいらっしゃる事が分かった事。また、そうした方々のなかに、現代の日本のかなり重要な部分にただならぬ影響力を持たれている方がいらして、その方から懇切な励ましのお言葉を頂いた、といった事があったからだと思う。
 御支援頂いた方々に深く御礼を申し上げたい。

以上1日分/掲載日 平成21年7月14日(火)


2009年7月16日(木)

 6月の2週目以来ずっと続いてきた週末毎の日本各地への遠征も今週は一段落。(都内や近県での講座、講習会はあるが)少しは山積した用件が片付くかと思ったが、いくつもの思いがけない企画が持ち込まれたり、私にとって恩のある思い出深い方々がお亡くなりになっていた事が分かったりと、本当に我ながらよく身が持っているなと思うほど。(なかでも昨日知ったのだが、私がいままでお会いしたなかで最も武徳を感じさせられた武道界の長老的存在の方が、先月初めにお亡くなりになっていた事を知ったのはショックだった。なぜこれほどの方がお亡くなりになった事が、亡くなって既に40日近くなっているのに公表されないのか、その理由は分からないが、心から御冥福を祈りたい)
 「この本は何とか完成させたい」「この人を世に出したい」…という情熱が、いまの私の生きる支えになっていると同時に、その事が休む暇も奪っているから、何がどうなっているのか自分でも分からなくなってきているが、とにかく今は湧き出す思いを片っ端から何かの形にしてゆくしかない。


2009年7月17日(金)

 先月以来の技の展開は1ヶ月以上術理不明であったが、今日、目が覚めかけでウトウトしていた時、漸くある程度自分自身でも納得できるものが浮かんだ。といっても、物理的にハッキリしたものではなく、『願立剣術物語』47段目の「中央と言う事有り。心の中央也。右へもよらず左へもよらず、上へも下へも付かず、本より敵にも付かず、太刀にもたれず十方を放れて心の中道を行く事也」が一段と明らかになったという事であるが…。  それにしても、やりたい事、やらねばならない事が山積みの上、いろいろなものも届くから、片付けに手が回らないのは本当に参る。しかし、様々な企画や講座、講演の打ち合わせなどは"待ったなし"である。  7月は22日、横浜のNHK文化センターで講座があり、7月末から8月1日にかけて神戸女学院大学の集中講義。その後、2日は名古屋、静岡と講習会などでまわるので、また外泊が続く。

 8月の講習会等は用件山積のため極力抑えていますが、5日は朝日カルチャーセンター藤沢8日は朝日カルチャーセンター横浜12日は綾瀬の東京武道館で、14日は池袋コミュニティカレッジ23日は久しぶりに仙台で、また28日、29日は昨年も行った名越康文・名越クリニック院長との特別セミナーが福山のホテルであります。御関心のある方はお問い合わせ下さい。

以上2日分/掲載日 平成21年7月18日(土)


2009年7月24日(金)

 フト気づけば7月もすでに後半。いつもの年なら、まさに真夏の中の真夏の筈だが、何だかまだ6月がずっと続いているような毎日。こんなにも7月後半の実感がない日々は初めてである。
 しかし、そうした気候から来る感覚よりも、今年はあまりにも普通ではない事が起こり続けていて、いま何月で、やがてどうなるといった事を気にしている暇もないのかもしれない。
 ここ1週間ほどは遠出をせず、都内近県か在宅して片付けやらいろいろやっている日が続いているが、それでも日々の変化は想像を超えている。たとえば、この先の8月や、9月に予定されているイベントや講習会、対談などの企画向けの準備で今日も終日家にいて、ごく近所のポストに郵便を出しにも行かなかったし、誰も訪ねても来なかったのだが、思いがけない気づきや縁の繋がりがいくつもあった。
 ひとつは、この8月に対談予定の女流漫画家のH女史の作品が出版社から送られてきたのだが、その巻頭に出ていた僅か15ページほどの短篇のなかに、凄まじい人間の業があぶり出されていて息を呑んだ。そして読みながら、文字だけで描かれる文学作品よりも絵という視覚に直接訴えかけてくるもので、この、人としての業の深さを訴えかけることを描き続けるという事の凄まじさを初めて思い知り、漫画家という職業がこんななにも恐ろしい仕事だったのかと、いままでの自分の不明を恥じた。
 また、この7月になって、私個人用にと買ったはずの物が既に8冊目になっている、ローワン・ジェイコブセン著『ハチはなぜ大量死したのか』(原題『みのりなき秋』)の版元、文藝春秋の編集と営業の担当の方に、本日縁が繋がり、これから私の講座などで直接文藝春秋の営業部の方から、この本を委託販売させて頂けることになった。私個人の本が8冊目というのは、7月の初めからこの本を持って出て、親しい人に会って話して、その折、持っていた私の本をプレゼントして、又自分用に新しく買うということを繰り返していたからである。
 やはりこの本は私の今後を変える1冊となりそうだ。
 その他、9月の19日、20日と博多で行なう、私にとって全く初めての試みとなるイベントに向けての準備もだんだん具体的となってきている。とにかく、あまりにもそれぞれジャンルの違う事が一斉に立ち上がってきて、そのうえ細々とした手の抜けない用件もいくつもあるから、まったく1日がすぐ暮れる。たとえば、一度綺麗にした筈の自宅のトイレの天井裏に、またハクビシンが入り込んでねぐらにして糞をしていた。放ってもおけないので、懇意の大工のTさんに来てもらい、小雨のなか一緒に屋根に上って様子を見る等々といった用件もある…。そのため本当によほど注意をしておかないと、先日も最優先枠のなかに入れていた筈の用件が落ちていて、ギリギリになって大慌てした。
 このような状況は、私の身近で親しい方々にも共振するらしく、精神科医の名越氏の近況も尋常ではないようだ。昨日も名越氏はテレビ番組の収録で、たけし氏や大田光夫人とトークを行ない濃い話が出たようだ。(濃すぎて、その特に濃い部分は放映されないと思うが…)名越氏とは8月末、福山で特別セミナーが予定されているが、ここでは、限られた空間だから相当に濃い会になりそうだ。

 毎度同じような事を書いてすみませんが、現在は、いままでにも増して以上のような有様ですので、私と何か約束をされている方はメールやFAXだけではなく、必ず電話で御連絡下さい。(メールやFAXは見落としや、見ている時間もない事がありますので)
 またお便りを頂いている方、なかなかお返事出来ませんが御容赦下さい。それから、メールを下さった方、時々もし電話番号や住所を書いておいて頂いたら御返事できたのにと思いつつ、そのままになっている方がいらっしゃいます。まあ御縁のある方は、いつかはつながると思っていますが…。

以上1日分/掲載日 平成21年7月25日(土)


2009年7月28日(火)

 本当に今年の7月は長い。桜井章一雀鬼会会長との公開トークが九州で行われたのが、今月の初めとはとても信じられない。振り返ってみると、先月の終わりから、この1ヶ月の間ずいぶん多くの出会いがあった。まず『ハチはなぜ大量死したのか』(ローワン・ジェイコブセン著 中里京子訳 文藝春秋社刊)との衝撃の出合い。そして、桜井会長との九州でのイベントが、9月に予定されている、思いがけない人物を世に出すイベントに繋がった。また、7月9日の音楽家対象の公開イベントでは、私の予想を遥かに超える反響があって驚いた。そのためか、10月に2度めの公開イベントを開催する流れになったようだ。それから、7月11日の神戸の奥の山中での印象も忘れがたい。
 中旬は片付けや企画、依頼の対応でたちまち日が経った。そして一昨日は茅ヶ崎市から招いて頂いて「野口宇宙飛行士を励ます会」へ。歌舞伎の市川團十郎氏や的川泰宣先生と共に4人で公開トーク。この様子は、この日のNHKニュースでも報道されたらしく、この中で私も数秒間画面に出たらしい。何人もの知友の方々から「テレビで見ました」と連絡をもらって驚いた。野口飛行士とは帰国報告会以来だが、その御人柄にはあらためて感じ入った。
 的川先生には以前から私のやる事に関心を持って頂いていたが、教育の在り様について、9月の九州での企画などもお話し出来た事は幸いだった。初めてお会いした市川團十郎氏は、出番を待つ裏手で控えられている時も、出番が終わった直後も、常に「ある絵になる緊張」を保たれていて、そこが、以前何度か私がテレビ出演した折に見たタレント諸氏とはまったく違っていて、「さすがに!」と感じ入った。
 さて、今月末は神戸女学院での集中講義。『ハチはなぜ大量死したのか』をテキストに3日間、農業の工業化の問題を切り口に「人間にとっての自然とは何か」について掘り下げて考えてゆきたい。

以上1日分/掲載日 平成21年7月29日(水)


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