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2006年5月1日(月)

 ここのところ根をつめて校正や執筆をやったせいか、風邪気味で、時に咳き込み、しょっちゅうハナをかんでいる。そのため、今日気温30度だというのに25度くらいにしか感じなかった。
 とにかく今年の連休ほど、なんとも得体の知れない感じで迎えた記憶はない。おそらく私個人も含め、社会全体が連休の前と後で何かハッキリと流れが変わるような気がする。
 その連休最終日に載る予定の読売新聞の「空想書店」の校正を今日終え、私の手から離れた。全部で千字ほどを書くのに、ここまで思いを傾けたのは、ちょっと記憶にない。御関心のある方は5月7日の朝刊読書欄を御覧頂きたい。

以上1日分/掲載日 平成18年5月2日(火)


2006年5月7日(日)

 7日付の読売新聞の読書欄"空想書店"は、5月の店主として、私が6冊の本を紹介し、エッセイを書いたが、この欄では、毎回店主として選ばれた担当者が、色紙に何か書くことになっているらしい。そこで私はエッセイとして書いた内容との関連もあって、「生活を深める」と、現在の私からはとても成し得ない憧れの言葉を書いたのだが、この言葉を私が書いたのは、宮城の山中で炭を焼いている佐藤光夫氏の夫人、円さんが私に何度かしみじみとこの言葉を使って語られた時のことが大変印象深く、私の心の中に深く刻まれていたからである。
 その山里は、これから新緑を迎えるようだ。コナラ、ミズナラ、ブナ、ハリギリ、ホウ、ヤマボウシ、イタヤ、リョウブ、ウリハダカエデ、シナ、サワグルミ、カシワ、コシアブラ、タカノツメ、アオダモ、カツラ、アズサ、アサダ、そしてフジの花、タニウツギの花、佐藤家の周囲の風景を思い出していると、次々と広葉の落葉樹の名前が浮かんでくる。
 ちょうど10年前の6月、初めてこの地を訪れ、あまりの美しさに感動して、その後自宅に帰ってきたのが何か仕事場に出勤してきたような気分になったことを覚えている。あれから10年、さまざまな事があったが、有難いことに佐藤家との絆は10年前と少しも変わっていない。佐藤夫妻の間には、その後2人小さな家族が増え、現代の日本にあっては滅多にない恵まれた環境(木々に囲まれ、自然のなかで体じゅうを使って遊ぶことが出来、本当に子供の目線で付き合ってもらえる母親と、真面目に人としての暮らしを実践している父親に大切に見守られている)のなかで、ノビノビと育っている。
 もちろん、自然環境が厳しいし、家の手伝いもしなければならないが、そうした経験が現代の日本人に欠落しかかっている日常動作としての体育や、人への思いやりが育まれるだろうから、やはり佐藤家の幼い2人は本当に恵まれた2人だと思う。
 このようにして育った子供達が、体を通して生活を深め、やがて今回の「空想書店」で店主の1冊として大きく紹介した『千代鶴是秀』(株)ワールド・フォトプレス刊のなかに載っている千代鶴是秀翁のような、年輪を重ねて何ともいえない、いい顔になれれば、それが十分人が人として生きたことだと思う。
 連休中は、ずっと何種類ものゲラの校正や原稿書きで、殆ど家を出ることがなかったが、手や足を"ただ動かす"という事の意味は前よりは少し分かってきたように思う。
 最近は稽古というのは、ただ、とにかくやればいいというものではないという事をあらためて強く実感させられている。以前どこかで「稽古は本番のつもりで、本番は稽古のつもりで」という、何かの芸事に関係している人の言葉を聞いた記憶があるが、今の私の実感としては、稽古も本番も共に「生きている」という待ったなしの人生の本番である事に相違なく、一人稽古も毎回がライブとして新たな自分を見出していきたいと思っている。

以上1日分/掲載日 平成18年5月7日(日)


2006年5月10日(水)

 ずっと風邪を引きずって、校正や原稿書きをしていたが、昨日はNHK教育テレビのテキストの打ち合わせの後、さすがにドッと疲れが出て、ずいぶん久しぶりに12時前に寝た。
 約10時間くらいも寝たせいか、今日はまあまあの体調。それでも原稿書きと校正、そして企画の打ち合わせの電話をしていると、その間にもいろいろと用件が入ってくる。
 バジリコの安藤氏とは3年がかりの内田先生との共著『身体を通して時代を読む』の"あとがき"やプロフィールなどの詰めの相談。また、この内田先生との共著とほぼ同時に校正を進めていた『武学探究』巻ノ二の見本本が刷り上ったという知らせが冬弓舎の内浦氏から入る。15日に取り次ぎに渡るとの事。この電話の少し前に、6月下旬に刊行予定の「にちぎん」で、岩田副総裁と私との対談ゲラの最終チェックの電話が日銀のU女史から入る。
 また、以前『薬の知識』で養老孟司先生との対談を行なった時、写真を撮るために来館された市毛實氏が、今回表参道の「アートスペース・リビーナ」(03-3401-2242)で、5月16日から21日まで写真展を開かれるとの通知が届いた。その時、養老先生との対談の折に撮影したものを二葉ほど展示したいので了解を頂きたいという依頼書が、当時の雑誌ライフサイエンスと共に同封されていた。市毛氏の写真は墨絵のような独特のもので、岩波の本の表紙にも使わせて頂いたものである。すぐに了解のFAXを送る。この写真展は私も時間があれば伺いたいが、17日からずっと関西なので、これはなかなか難しいかも知れない。
 7日付の読売新聞「空想書店」に私が書いたエッセイと本の紹介については、何人もの方々から御感想を寄せて頂いたが、ずいぶん過分なことを書いて下さった方もあり、自分が発言することの重さをあらためて考えさせられた。

以上1日分/掲載日 平成18年5月10日(水)


2006年5月15日(月)

 いま、私の身の回りに起きていることが、あまりにリンクし、かぶってきていて「いくら何でも、ここまでかぶるかなあ」と溜息が出る。
 そうしたなかでも、いろいろな予定は進んでいる。今日は冬弓舎から、『武学探究』巻之二が無事取次に入ったとの連絡が入る。早ければ17日には一部大型書店に並ぶと思う。20日頃には全国の大型書店でも入手可能になる予定。武術の根本的な考え方について、光岡英稔師と今までになく最も深く話し込む事ができた本。私自身、私の武術の術理について、本書をまとめることで、あらためて深く考えることが出来た。自分で言うのもおこがましいが、武術という事の本質について考えられている方には、私がいままで出した本の中で、最も読んで頂きたい本である。
 先月24日以来、ずっと(近所に出かけた以外は)家に籠って、校正や原稿書きに日を送り、連休中もなかなか抜けない風邪で「こんな状態がいつまで続くやら」と思っていたが、先週の金曜日、約半月ぶりに電車に乗って池袋の講座に出て、その後、テレビの打ち合わせをそれほど疲れずにこなす事が出来たから、何とかまあまあの体調になってきたようだが本調子には間があるようだ。その上、右上腕の痛みは依然抜けていない。(これに関しては、実にいくつもの要因があるようで、野口裕之先生にはずいぶん御迷惑をかけているが致し方ない。それにしても、自分で押さえてみると全然響かない肝臓の辺りを野口先生に押さえられると、直に上腕に響く。まったく、その読みの的確さには舌を巻く。)
 しかし、明日からずっと週末まで講座や稽古会の日々。そして月末はテレビの収録と、息の抜けぬ日々が待っている。

以上1日分/掲載日 平成18年5月16日(火)


2006年5月18日(木)

 このところ、体の使い方を考えたり、新しい本の企画についての構想を練ったりしながら、諸々の仕事をしているせいか、忙しさがあまり意識に上ってこなかったが、15日の夜は「ああ、こんなに仕事を抱えていたのか」と他人事のように呆れた。
 午前3時くらいには寝られるなと当初は思っていたのだが、フト気がつくとFAXが来ている。しかも、なかには既に期限が2日前というものがあった。見ると、ある企画の私のプロフィールに赤入れをして欲しいという依頼だが、それが間違いだらけ。慌てて校正して送ったが、そこで又忘れていた別の仕事を見つけ、その為の必要なものを探していて、また忘れていたやりかけの仕事に気づき、とても徹夜しても間に合わないので、必要最小限のことをやったが、寝たのは夜の明けた5時だった。
 今日はこれから、朝日カルチャーセンター大阪で講座。なんだか月日が指の間から零れるように通り過ぎてゆく。

以上1日分/掲載日 平成18年5月19日(金)


2006年5月24日(水)

 光岡英稔師との共著『武学探究』巻之二(冬弓舎刊)が、全国の大型書店の店頭に出揃ってから、まだ1週間経つか経たないかだが、初版一刷の発行部数の3分の1以上は既に売れたようだ。
 前回の『武学探究』の売れ行きも驚くほどの初速だったが、今回はそれ以上かもしれない。この『武学探究』巻之二は、私にとって、いままで武術について語った本のなかでも対談相手が対談相手だっただけに、ずいぶん踏み込んだところまで語ることが出来、武術に深く関心を持っている方々に最も読んで頂きたい本となった。
 しかし、その思いもすでに遠くなりつつある。つまり、この本を書くために言葉にした、当時感じていた事と今ほとんど同じ言葉を使ったとしても、その言葉に対する印象が自分のなかでかなり違ってきているからである。恐らくは、いま同じような事を書くとしたら字面は95パーセント同じでも、残り5パーセントの言葉の使い方の違いで、この本を書いた当時と今との違いをあらわしたいと思うだろう。
 私がそう思うくらいだから、いまの私以上に変化し続けられているであろう光岡師は、一層そう感じられているのではないかと思う。
 これでは『武学探究』巻之三が出るかどうか危ぶまれる。ただ、私としては、その言葉の及ばぬところを言葉で表したいという思い(何というか、こう言ってはおこがましいが、ある情景そのものを和歌や句にしたいという思いがあふれた古人の情念と多少通ずるような気分)が、一方では強くあるだけに、この先も書く事には、これまで以上に取り組んでいくと思う。

以上1日分/掲載日 平成18年5月24日(水)


2006年5月24日(水) 2

 どうも私を取り巻く流れが急速に、本当に急速に変わってきている。その意味をどこかで解こうとしているのか、フト気づくと思わず何かの本に読みふけっていたりする。
 今月7日の讀賣新聞の「空想書店」で紹介した6冊の本のなかで、最も大部なものは、大本開祖出口直の一生と、直の許に入婿した出口王仁三郎について書かかれた『大地の母』であるが、みいづ舎から最近届いた『大地の母』を来客に紹介し、その人が帰った後、フトその全12冊のうちの1冊を手に拾い読みしているうちに、30年ほど前、この本を4日4晩ただひたすらに読んだ事を思い出し、ついついその思い出を辿るうち、体が冷えきるのも忘れて読みふけってしまった。
 我と我が身に起こっている事とは思えない最近の私の身の上の変化。技もだが、とにかく感じ方がドンドン変わっている。『大地の母』を読んでいると、その変化を30年近くも前から、この『大地の母』が予見していたような感じさえする。この全12巻の『大地の母』を私が勧め、そこから広がった波のような人々の数は、恐らく数百から千人くらいだと思うが、この『大地の母』の読者のなかには、私が人づてに聞いたところでは、自殺を思い止どまった人、タチのよくない新宗教から抜けられた人、一家離散の絶望状態を救われた人などなどがいたらしい。
 それにしても、この本は本当に不思議な本である。ごく客観的に読めば、この本を読んで大本に心寄せる人は少ないだろう。なにしろ、この本は大本教の実録小説であり、大本に入信したがために発狂したり、自殺したり、何もかも失ってボロボロになった人達が数多く登場してくる。いや、そういう人の方が多いと言っていい。よく新宗教を紹介した本にあるような口当たりのいい事を書いて信者を誘うようなものとはまるで違う。だが、縁ある人の人生は、これを読めば確実に変わるだろう。確実に‥。
 現に、いま私の身近な人で、一人この本を忙しいなか、何とか時間を作って憑かれたように読んでいる人がいるが、この人の場合、恐らく7巻目を読み終えた辺りから大きく変わってくると思う。(そのため多くの人に頼られ、大変になるだろうが)
 とにかく、この本は縁ある人をそのままにはしておかない力がある。私が無謀にも、何の後ろ盾もハッキリとした見込みもないまま松聲館道場を建てて、武術の研究を仕事にすることを決断した時、最終的に背中を押してもらったのも、この『大地の母』であるが、この本は良く効く劇薬なだけに、読んでみたいと思われる方は覚悟して読んで頂きたい。
 なにしろ戦前、全国に大本弾圧の嵐が吹き荒れた頃、弓削道鏡、足利尊氏、明智光秀と並んで日本史上四大逆賊の一人である、とまでの非難を浴びせられた出口王仁三郎について書いた本でもあるのだから。

以上1日分/掲載日 平成18年5月25日(木)


2006年5月26日(金)

 このところ比較的頻繁に、この随感録を書いているが、「最近は技に関する話がありませんね」と2,3人の人達から言われる。確かに5月に入ってから、本の話が主で技については殆ど書いていない。これは意識的に避けているわけではないのだが、自然とそうなってしまったというのが正直なところである。
 以前読んだ武術だったか、何かの芸事だったかの伝書に「惜しみて言わざるはあらず、人を惑わさぬ為なり」というようなくだりがあったように記憶しているが、いままで「井桁だ」「捻るな」と散々言ってきて、今になって掌を返したように何も語らぬというのも、ずいぶん勝手といえば勝手なように思うが、その時々の自分にとってはそれしか出来なかったのだから致し方ない。
 もっとも、こういう事もあろうかという予感が働いたからでもないが、今までいろいろ説きながら、常に「これが正しいとは全く思っていない」と言い続けてきたから、まあ、いくぶんは情状を酌量して頂けるのではないかと思う。それに「井桁崩しだ」「捻るな」「うねるな」と言ってきたことが間違っていたとは思わない。私自身、それに沿って体を育ててきて、今そういうことを別段意識せずに体を動かしているが、捻ったり、うねった方がいいとは全く思わないし、このように説いてきた事は、それはそれで私にとっては意味があったと思っている。
 まあ冷静に考えてみれば、それらがあったから、いまさら、それ以上に今の私の技についていろいろと語る必要はないような気がする。ただ、それでも強いて今一番感じていることを言えば、これも、以前言ったことのある「体全部を使ってどこかの部位が早くならないように動く」という事ぐらいであろうか。つまり、部分が早くなると支点が出来てヒンジ運動になってしまうので、それは避けた方がいいという事である。
 ただ問題は「どこかが早くならないように」と、その事に気をつけると、その瞬間に全体が見えなくなって、部分に執着するまいという捉われを生んでしまうということである。『願立剣術物語』の一段目の最後に「亦留ルマジキト思モ其ニ心留ル也 唯ホロホロト玉ノ形ナリト云リ」とあるが、居付くまい留まるまいと心に言い聞かせ、気をつけようとするということ自体、そのことに捉われるのであり、どこかに偏することなく全体が全部滞りなく作動することを玉の形に譬えたのだと思う。
 先日、大阪、名古屋とまわった際、意識的に体の一部をある状態に使おうとすることの問題点について「幼稚園で先生が、ある園児にだけ特別目をかけて世話をしていたら、他の園児が面白くなくて、全体が上手くまとまらないようなものです」という譬えを思いついたが、今の私の体の使い方の説明としては、まあまあだったように思う。
 しかし、いまの私の体の使い方が分かりにくくなっていることは確かだと思う。ただ、簡単といえば、今までよりずっと簡単に言葉になる。たとえば、片手を相手に両手で掴まれて、これを下に崩す「浪之下」などは、手も肩も背も腹も腰も、すべて下に・・というだけである。ただ、その全て下にというのが、やってみれば99.99パーセント以上の人が押し下げるか、のしかかるか、ぶらさがるかのどれかになってしまい、その際、肩、脇腹辺りが固定的に止まったり、逆に上にあがってしまうことになる。
 では、どうやったら全部沈められるかと言えば、体のどこかの部位に特別目をかけず「さあ皆いくよ!」と一斉に沈むことである。ところが、ただそうすると、どうしても持たれている事の捉われから"ガクッ"と肩で止まってしまう。何気ないフリを装っても、ガッと止められたら、どうしてもそこに気持ちは捉われ、何とかしようとして無意識のうちにも今までの経験で押し下げようとしたり、のしかかろうとしてしまう。その上、受け手がそこへ"いなし"をかけてきたら、そこを沈めるのは実に容易ではない。一体その時には、どういう意識が働くべきなのか、よく分からないが、それが使える人は恐らく実に緻密な身体感覚が働いているのだろう。
 現在の私は、その入口に半歩くらい足を踏み入れたばかりの新参者なので、何ともうまく説明できないが、今の私はその瞬間、軽い脳貧血のような、自分で自分がどこにどうしているのか分からないような感じがしている。それでも神戸女学院で、ラグビーの日本代表も務めたH選手のタックルを潰したり、かわしたり、ハンドオフを崩したり出来たし、名古屋では四十代半ばの、現在もなお県代表で国体のレスリングに参加されているY氏の御紹介で、NK高校のレスリング部にお邪魔し、20人ほどいたそこの部員といろいろ交流したが、部員達に不思議がられる程度のことは出来た。
 なかでも、「これは今までの私には出来なかったなあ」と思ったのは、レスリング部員に片膝をついた低めのタックルに入られ、両手が私の太腿にかかった状態からの潰しである。以前も相手が膝をつかずに一気に突進してくるものを潰すことは出来たが、相手が潰しを警戒して片膝を着くと同時に両足を抱えてくる動きに対しては「ああ、その態勢だと、ちょっと難しいですね」と、私も諦めていたのだが、体の特定の部位に気持ちを向けず「ただ沈めればいいんだ」という事が真似ごと程度できるようになってきただけでも、以前とは違った利き味になってきた。(この日はY氏の御自宅に長男陽紀と共に泊めて頂き、いろいろお世話になった。あらためてY氏には御礼を申し上げておきたい)
 翌日の名古屋の講習会では、講習会に参加されていたフルコンタクト系の空手の方と手を合わせた時に、突いてくる相手の突きを払い落としてから入るのではなく、払いつつ相手の中に入ることにより、相手が突いてきても、突いてこなくても、相手との間合を一気に詰めることが出来るようになった。これは今回の関西、名古屋方面での一番大きな収穫となった。(名古屋の講習会では、例によって山口氏はじめスタッフの方々にお世話になった。あらためて御礼を申し上げておきたい)
 また、この講習会では、韓国遠征から帰られたばかりの女子バスケットボールの浜口典子選手に久しぶりに会うことが出来、浜口選手にも、この言葉になりにくい感覚の一部を伝えられたことは幸いだった。
 それにしても今回の旅で一番実感したのは、スポーツ界ではやはり現行のウエイト・トレーニングや走り込みといった常識的トレーニング法への依存度が、まだまだ圧倒的だという事である。今回、大阪の朝日カルチャーセンターには、私との対談も載っているムック本を刊行したばかりの高橋佳三氏(現びわこ成蹊大学野球部監督)にも忙しいなかを駆けつけて来てもらい、久しぶりに少し技も受けてもらったが、この高橋氏と出会った後、スポーツ関係者には恐らく数百人は会ってはいるが、現行のウエイト・トレーニングの問題点や私が提唱している体の使い方について、この高橋氏ほどその全体像を理解できた人は、17日に神戸女学院で会ったラグビーのH選手以外には、ちょっと思い浮かばない。
 いまの私の動きは確かに言葉には容易になりにくいものがあるが、現行のウエイト・トレーニング法や介護法の問題点については、キッチリと言葉で理解しておく事は重要である。そうでないと、私のやり方を取り入れて成果が出ても、さらにそこから向上しようとして何かを狂わせ上手くいかなくなった時、どこがまずいのか訳が分からなくなり、あれこれといろいろな人の説に振り回され、自分を見失ってしまう怖れがあるからである。
 現在の私にとって師ともいうべき存在である整体協会・身体教育研究所の野口裕之先生は、かつて「僕を尊敬したりしないで僕を理解して欲しい」と公開講話で語られていたが、これは私もまったく同感で、私の術理はまだまだ自分でもとても自信が持てないが、私自身さまざまに試行錯誤してみえてきた現代の常識的トレーニング法の問題点だけは、しっかり自覚・把握して欲しいと思う。なぜなら、それにより介護者や少年少女のスポーツ選手が大量に体を痛めているからで、その現状を黙視するに忍びないからである。
 それにしても日々、企画の依頼、校正、それにいろいろな物が届いたりと、何件もの用件が発生し、それらの用件への対応は3割程度しか出来ないから、用件はたまる一方。私へ連絡をして返事を待たれている方でお急ぎの方は、再度あらためて御連絡を頂きたい。
 それから、私にとっては大変ありがたいモチキビを送って頂いた群馬のK先生など御礼の電話を差し上げたいと思いつつ、気づくと午前3時といった日が2日も続いていたりする始末。この方の場合など特に気にしていながらこの有様だから、他の手紙を書かねばと思いつつ、3日経ち、4日経ち、1週間経ち、1ヶ月経ちといった方々が何十人存在するのか確認するのも恐ろしい。ただ、いまが私の動きも内面も変わりつつある、かつてない転換期にきているので、何とか御容赦いただきたいと思う。
 少し冷えたのか、またちょっと喉の具合がおかしいが、27日からは来月1日まで連日テレビの撮りや何やらで、1日の休みもなくなる。これでは6月の上旬は死んだようになっている恐れもあるが、いまさらキャンセルも出来ないので覚悟を決めて臨みたいと思っている。

以上1日分/掲載日 平成18年5月26日(金)


2006年5月27日(土)

 26日の夜7時30分からのNHKテレビ特報首都圏「続々創刊キッズ雑誌 子育てに悩む親」を、たまたま観て呆然とした。とにかく世の中に、こんなにもステレオタイプな勝ち組志向や、自分が人として生きるということに、自分なりの思想のない人が多いのかという事に、あらためてガックリくる。
 人が人として生きていくという事とは何かということに焦点を絞って日々生きていれば、世の中で目立たないようにひっそり生きていても、人として十分に手応えのある生き方が出来る筈である。
 これほど様々な問題が噴出して、人が人として生きていくことが難しい時代に、勝ち組という人でなしになりかねない時代の戦列に我が子を投げ入れることにこだわろうとする親の気持ちがむしろ分からない。
 こんな時、無性に読みたくなる本は、5月7日の読売新聞『空想書店』でも取り上げたレイチェル・カーソン女史の『センス・オブ・ワンダー』である。恐らくは実質30数ページ、1万5千字程度の極く薄い本であるが、この本の存在の価値は百巻の本に負けぬ厚みがある。ひとつは上遠恵子女史の訳の良さもあるのだろう。
 この本を読むたびに、この本に出会えたことに感謝している。

以上1日分/掲載日 平成18年5月27日(土)


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