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2010年3月2日(火)

 いま熊本でこれを書いている。私が日本各地に稽古会等の予定があっていかなければならないとき、それが事故や天候の影響でいけなかったことが30年以上一度もなかったのだが、今年の2月6日に暴風雪で佐渡島に行けず、ついに、その記録も終わってしまったのだが、その日からまだ1ヶ月と経っていない3月1日、今度は講習会に行けなかったわけではなかったが、一連の講習会等を終えて帰宅するため、熊本空港まで行ったところ、濃霧のために私が乗る予定の飛行機が着陸できず、そのため3月の1日中には帰れなくなってしまった。
 それも念の入ったことに、熊本の山中で行われていたミツバチたすけ隊の久志富士夫先生の講演会を途中抜けてきた上に、これだったから、これはかなり大きな人生の税金だと思ったのだが、この日の夜、28日の熊本稽古会やその後あった三次会的な打ち上げ、(というより宿泊場所での)稽古で少なからぬ気づきが、現実の技としてはっきり姿を現したので、差し引きちょうどになってしまったかもしれない。
 その気づきと技とは、陽紀が創案した「グーパー引き」の私なりの展開で、これは応用範囲が広く斬落しや、タックル潰しにも今までとは違った技のキレが出るようになった。
 従って、それに関してもその検討にもっと時間を割きたいのだが、今回は28日の午後1時過ぎから泊りがけで3月1日の夕方遅くまで、久志富士夫先生とご一緒させていただき、久志先生のニホンミツバチに対する情熱と、ネオニコチノイド系の農薬の問題に改めて何とか早く手を打たないといけないという気にさせられたため、なかなか技の検討に時間が割けない。
 ネオニコチノイド系の農薬に関しては、ミツバチにどれくらい影響がでるかハッキリとはわからないというが、どう考えても昆虫を殺すために作られている殺虫剤が昆虫であるミツバチに影響がないはずがないではないか。しかも、この農薬を撒くようになってからツバメやスズメが姿を消しつつあるというのだから、事態は一刻も放置できないと思う。
 新しい技の気づきがあって、これをさらに検討したいと思っているのに、見過ごせない事態が次々と降ってくる。
 とにかく、いまは、このネオニコチノイド系の農薬の問題を社会に広く伝えることと、久志先生の夢である、どこかの島ひとつを完全無農薬にすること、を何とか実現の方向に運びたいと思っている。そして、そのためには物事を本質的に考えられる若い人を育てなければならず、そうなると「この日の学校」のほうも力がぬけない。
 いくつものことが私の中で渦を巻いているが、ネオニコチノイド系の農薬の問題は、これを製造しているメーカーにも公開質問状を出すような方向も考えなければならないと思っている。これはいたずらにそのメーカーを非難するということではなく、アスベスト問題でクボタが大変な補償を迫られた例でも明らかなように、その企業にとっても、ネオニコチノイド系の農薬の害が今後ハッキリした場合(この薬剤はすでにフランスなどでは禁止されているのにもかかわらず、あえて作りつづけているのだから)、監督責任のある国とともに重大な過失を犯したとして、莫大な賠償金を支払わなければならなくなる危機も回避するという意味もあるからである。したがって、現在この問題を企業に指摘するということは、将来その企業の重大な危機を回避することができるということでもあるのである。水俣の日本チッソ、薬害エイズのミドリ十字、などなど歴史を振り返ればこの前例はいくつもある。
 他の心ある方々のご助力をいっそう頂きたいと思っておりますので、何卒宜しくお願いいたします。

以上1日分/掲載日 平成22年3月2日(火)


2010年3月9日(火)

 朝、フト目が覚めてトイレに立ち、あまり寝ていないので、もう一眠りしておこうかと思ったが、最近は山積する用件で、終日家にいても殆ど稽古出来ないことを思い出し、横になったまま目を瞑って感覚だけで太刀をいろいろと使ってみた。
 すると、最近目にした或る本のなかで、その著者が現代ではごく常識的に柄を持つ左右両手の間を離して刀を握って演武していた写真が、なぜか思い浮かんだので、私も久しぶりにその人を真似て感覚の中だけで、昔、私もやっていたように左手は柄頭いっぱいに握り、右手は鍔に触れるか触れない程度に左右の手の間を離して柄を握り刀を使おうとしたが、肩が突き上げたり、腰に停滞が生じたりと、現実にいままで刀を持って体を動かしている時以上に両手を離した刀の持ち方の問題点が痛切に感じられた。
 そうこうしているうちに目がすっかり覚めてきたので、4時間程度の睡眠だったが、そのまま起きて、すぐ木刀を持ちいろいろ動いてみたが、横になって感覚のみで探知した刀の使い方は、実際に木刀を持って試みてもまったく同じであった。
 振武舘の黒田鉄山先生のところのように、両肘を完全に伸展した状態であれば、左右の手の間を離して持つ事はそれはそれで十分に意味があるように思うが、一般的に広く知られているような、肘を少し曲げて刀を持つ場合は、現在の私の感覚では圧倒的に左右両手の間をつけた方が刀を扱いやすい。しかも構えている段階ではほとんど柄を握らずに何本かの指を必要最低限折り曲げて、それで刀がやっとひっかかっているという程度であると、いっそう刀の操作性がいい。
 何しろ一度この感覚を味わえば、従来のように両手の間を離して柄を握って持つ方法は、もちろん両手を寄せた持ち方であっても、その手が柄を握って持っていると、身体のあちこちに埋め込まれているブレーキに無理やり抵抗しながら動いているようで、とても刀を握って持つなどという持ち方に戻る気はしなくなる。
 そして、この刀を持つ感覚もかなり参考になったと思うのだが、2月の28日に熊本で気づいた、鶴が翼を広げて飛翔するような形に指を拡げ中指を折る手之内が体術に展開して、いままでにない腕の払われにくさを産み出すことが次第にハッキリとしてきた。これは、今後いろいろな状況で検討してみたい。

 今日も、溜まっている用件などの片づけを3時近くまでしてから慌しくみぞれの中を東京駅へ。上京された京都大学の小嶋泉先生を迎え、東京大学工学部の國吉康夫先生の所へ御案内する。ここで院生や研究者の人達も交えてのセッション。そして打ち上げに、東大近くのちゃんこ店へ。話は大いに盛り上がり、私も具体的にはなかなか理解出来ない専門用語や固有名詞の飛び交うなかでも不思議とそこで語られている方向性は興味深く、時間はたちまち過ぎてしまって、帰りは終電に近かった。
 しかし、武術の研究をしている私が、京大の量子論の専門家と東大のロボット工学の専門家を結び、御二方共に大いに喜んで頂けたのだから、我ながら不思議な人生のシナリオを生きているものだと思った。もっとも、一見抽象的とも思えるそうした話が、私の技の進展に明らかに影響を与えていることは確かに思える。
 一月の下旬に「キャスター・風見鶏の原理」が出て、2月の最終日に「鶴が飛翔するような形の手」に気がついて、これから、これらがどう展開してゆくのだろうか。何だか他人事のように興味深い。

 今の、そしてこれからの私の技の展開に御関心のある方は、今月の12日の池袋21日の福山22日の四国香川28日の名古屋での講習会、稽古会にお出かけ下さい。また、27日の大阪での「この日の学校イン大阪」も、ちょっと今までとは違った切り口で展開できそうです。
 それから、大規模伐採計画で問題になっている加計呂麻島は、ニホンミツバチ研究の第一人者久志冨士男先生によれば、ニホンミツバチの養蜂に向いているようです。現に、すでにニホンミツバチも生息しているという情報が入りましたので、本格的にこれと取り組みたい方が出れば思わぬ展開があるかもしれません。壱岐の島では常識では成り立たないといわれているニホンミツバチの養蜂で600万の収入を挙げた人もいるそうですから、加計呂麻島でのニホンミツバチの養蜂は十分に可能性があると思います。ここを東京にあるゴミで作った"夢の島"ならぬ、本当に夢のある島に出来れば、その夢の島体験のために訪れる人も増え、島の経済も成り立つと思います。私は今あまりにもやる事が多くて、この問題に時間が割けませんが、志のある方には情報が伝わるようにしたいと思います。

以上1日分/掲載日 平成22年3月11日(木)


2010年3月12日(金)

 2月の末に熊本で気づいた鶴が翼を広げて飛翔するような姿に手指の形をとって、肩を沈める体の使い方は、その後この感覚で体をある状態におき、そこでこの手指の形−鶴翔(かくしょう)の手と名付けた−を解いて、一見普通の形にして体幹と腕を結びつけるなどの気づきがあり、この後どのように展開してゆくか、まったく分からない。
 今日は池袋コミュニティカレッジで講座を行なっていたのだが、講座が終わったところへ思いがけず韓氏意拳の日本の代表者である光岡英稔師範が来場。ちょうどいい機会なので、この鶴翔の手と、そうした手指を開いた形で竹刀を扱う様子を見て頂いて感想を伺う。竹刀の柄を握らず蜘蛛が絡んでいるような、普通の竹刀の持ち方とは、あまりにも異なるその持ち方に対して、「とても普通に見えました」とは、さすがに余人からはちょっと聞くことの出来ないコメントだろう。あらためて光岡師範のセンスに脱帽した。まあ、そうしたセンスの持ち主からなのだろうが「最近は、かつてウエイト・トレーニングを行なったその弊害を身に沁みて感じるんですよ…」と、しみじみとした口調で語られていたのが印象的だった。これは感覚が以前よりさらに上がってこられたから、そう実感されるのだろう。

 さて、前回もこの随感録で触れた加計呂麻島の問題に関しては、島で大規模伐採に反対している責任者の方とつながりそうなので、つながったらここに連絡先を載せたいと思う。この島の問題とも関係が濃くなるかもしれないニホンミツバチに関して、ニホンミツバチ研究20年の久志冨士男先生が、その研究の集大成ともいえる本、『我が家にミツバチがやって来た』がいよいよ出来上がり、今日私のところに見本本が届いた。私が推薦の帯文を書くことで協力することが出来た本である。

 今後、この本が思いがけない人々に影響を与え、それによって日本の農業が変われば何より幸いです。多くの方々に手にとって頂き、そしてニホンミツバチを飼うか、少なくともニホンミツバチが生きやすい環境づくりのため、ネオニコチノイド系の農薬の問題を本気で考えて頂きたいと思います。3月18日には書店に並ぶと思いますので、是非御購読をお願い致します。

 しかし、最近は諸用があまりに降って来て、非常に重要な打ち合わせの連絡等も遅れたり忘れたりで、その上、全国各地に出かける直前までチケットを買っていなかった事を思い出せなかったという事もしばしばです。
 お約束や御用のある方は、くどいようでも念押しのメールと電話での確認をよろしくお願い致します。

最後にインフォメーションをひとつ…。

【聞きたい!知りたい!ミツバチが消えた理由〜久志冨士男さんを迎えて】

●日時 2010年3月14日(日)17:30〜(開場17:15)
●場所 エル・パーク仙台 5F和室
 仙台市青葉区一番町4丁目11番1号141ビル(三越定禅寺通り館)
 TEL.022-268-8300 FAX.022-268-8304
●参加費 700円(資料・茶菓子つき)
●お話 久志冨士男さん
●主催 ハニービート
●問い合わせ 木村(070-6493-7529)

○久志冨士男さん

略歴:1935年長崎県に生まれる。佐賀大学文理学部英語英文学科卒業。以来1996年定年退職まで、長崎県の高等学校で英語教師を勤める。日本民主主義文学会会員。作家。アジア養蜂研究協会会員。日本蜜蜂研究会会員。在職中からニホンミツバチを飼い始め、退職後はニホンミツバチの生態研究と普及に専念する。ニホンミツバチ養蜂用器具の特許、実用新案多数。『壱岐・五島ワバチ復活プロジェクト』主幹。戦後長崎県の離島で絶滅していたニホンミツバチを2007年と2008年にすべての島で復活させた。

2009年6月『ニホンミツバチが日本の農業を救う』(高文研刊、久志 富士夫 著) を上梓。現在3刷6000部。

2009年10月より毎月、佐世保市・長崎市・熊本市でミツバチの話の会を開催する。
2010年春からの講演等は1/11長野・1/23熊本・1/31長崎・2/11広島・3/1熊本・3/6・7・8・11長崎3/13岩手・3/14宮城・3/25長崎です。
2010年3月10日『我が家にミツバチがやって来た〜ゼロから始めるニホンミツバチ養蜂家への道』(高文研刊、久志 富士夫 著) を上梓。

以上1日分/掲載日 平成22年3月13日(土)


2010年3月17日(水)

 相変わらず様々な用件が瀧のごとく降ってくる。その上、技の進展も稽古をしたら必ずと言っていいほど興味深い気づきがあるからやらずにはいられない。というか、やらないと私の身がもたない。
 なぜなら、最近は社会の悲惨な情況をいやが上にも見聞きさせられる事が少なくないので、生きる意欲も減退してしまうからである。そうした時、何とか生きる意欲を復活させるためには稽古研究が何といっても一番なのである。
 こうした情況を何から書いていったらいいか迷うが、まず嫌が上にも見聞きさせられる悲惨な情況は、一つはニホンミツバチのこと。今日も佐世保の野元氏から電話があり、「いま久志先生(明日、書店で発売される予定の『我が家にミツバチがやって来た−ゼロから始めるニホンミツバチ養蜂家への道−』の著者でニホンミツバチの羽音でミツバチの機嫌が分かるという人物)と山中でニホンミツバチの巣箱を見回っているんですが、いま見た10箱は全滅してます。それに菜の花に来ているのは全部セイヨウミツバチで、ニホンミツバチは全然いないんですよ…。これはもう大変な事態です」との事。CCD(蜂群崩壊症候群)でセイヨウミツバチの世界に大異変が起こり、それを救う希望として、いまニホンミツバチに注目が集まって来ているというのに、他から移動して来たセイヨウミツバチは飛んで来ていて、元々その地域に住みついているニホンミツバチがいないというには確かに只ならぬことが起きているとして言いようがない。
 ニホンミツバチが消えた最も可能性のある原因がネオニコチノイド系の農薬にあるという事は、久志先生をはじめニホンミツバチを飼っている人達の一致した意見であるが、もしかしたら他にも何か理由があるのかもしれない。(先日、ある縁で農薬関係者の方の話を聞いたが、ハチには効かないネオニコチノイド系の農薬があり、それはセイヨウミツバチに寄生してセイヨウミツバチの養蜂家を泣かせているミツバチへギイダダニの駆除のため巣箱の中に入れて使われているという。もっとも、この薬はローワン・ジェイコブセン著『ハチはなぜ大量死したのか』によれば、ミツバチにとって、はっきり目に見えるほどの毒性はないものの、女王蜂の寿命を半分にするというから、とても「蜂には全く無害」という訳ではないだろう) しかし、状況を考えてみると、今撒かれているネオニコチノイド系の農薬が、蜂に影響が少ないと言われるネオニコチノイド系の農薬である可能性は低く、まず止めてみることが大事だというのが私の主張である。仮にどれだけ蜂にとって無害だったとしても、昆虫界の生態系を乱すことになっているのだから、とにかくどこかの島で全面的な農薬禁止を行なって、その生態系をつぶさに観察する必要があると思う。
 いまは政界が大混乱で、政治家は誰も「それどころではない」と言うだろうが、私に言わせれば政党間や政党内部のイザコザにどうだこうだというよりも、この農薬で生態系が乱される問題の方がよっぽど重要なことだと思う。とにかく私としては大規模伐採が問題になっている加計呂麻島辺りを全面無農薬にして実験を行なってもらいたいと思う。この加計呂麻島でのニホンミツバチ養蜂の話は、かなり具体的になってきていて、久志先生も現地を訪れたいとの事である。

 この風光明媚な南国の島を大規模伐採で荒れ果てた島としないために、志ある方は是非力をお貸し下さい。大規模伐採に反対している運動の連絡先は下記のとおりです。

〒894-2322
鹿児島県大島郡瀬戸内町瀬相743-2
美咲商店気付「森林伐採に反対する加計呂麻住民の会」

 嫌な話が続くが、悲惨な情況の2つ目は、最近新潮社から刊行され、「何だ、これは!」と驚かれる人も、「ああ、そうだろうな…」と思われる人もいると思われる『家族の勝手でしょ!−写真274枚で見る食卓の喜劇−』(岩村暢子著)である。
 とにかく、この本によれば、食事の仕度も後片付けも面倒なので、子供が「食べたくない」と言えば「ラッキー」と喜ぶ母親、子供の自主性を尊重するという大義名分のもと、食物の質など全く考えず、手のかからない菓子パンや惣菜などを買い置いて、動物の餌場のように置いておく母親、その他ここでちょっと例を挙げる気力もなくなるほど、手抜きなどというレベルではない食事の仕度や後片付けを嫌う、というか全くやらないに近い母親が、一昔前では考えられないほど増えているという事である。
 昔、電気炊飯器を企画した人が主婦を堕落させると反対されたというが、その反対した人も主婦がここまで堕ちるとは予想していなかっただろう。この『家族の勝手でしょ!』は"いい本"という形で推薦する気力はとても起こらないが、現代の日本において「読まなければならない、読むべき本」としては絶対に外せない本だと思う。とにかく、今多くの主婦が家事の時間を切り詰めるだけ切り詰め、ネットショッピングなどに1日の何時間も割いているという事実は、日本の繁栄、豊かさの成れの果てがこれかと、何だか立ち上がる気力も失せてくる。
 この他にも、今日届いた『奪われる日本の森−外資が水資源を狙っている−』(平野秀樹・安田喜憲共著、新潮社刊)もパラパラと頁をめくったが辛さが身に沁みる本である。
 しかし、こうした本や、ニホンミツバチの激減という今の日本の現実に気力を奪われていてはどうしようもない。まあ幸いというか、ギリギリ生きる意欲を与えられているというか何とも分からないが、最近の、かつてなかった技の進展がいまの私を支えている。

 この技と術理に御関心のある方は、21日の福山22日の香川28日の名古屋の講習会にどうぞ。また、27日の「この日の学校イン大阪」、さらに4月5日は小規模ですが音楽家対象の講習会を新宿で行ないます。御関心のある方は、1月28日に行なった「音楽家の為の身体操法公開講座」の世話人、白川真理女史にお問い合わせ下さい。

以上1日分/掲載日 平成22年3月18日(木)


2010年3月26日(金)

 まったく様々なことがある。それは身の周りのことについても、技の進展についても・・・。ニホンミツバチと加計呂麻島の大規模伐採については、だんだんと接点ができてきて、佐世保の久志冨士男先生や野元さんが大活躍される状況になってきた。
 技の方は、昨日綾瀬であった講習会のとき、私が「今はあまりにも様々な気づきやアイデアが出てきて、私自身もそれらを統合することはたいへんで、一時の足場的な例えや解説をしていると思いますから、あまり本気になって私の言うことを覚えようとしないで、聞き流す程度にしてください」と言ったように、私自身どうしてこんなことを気づいたり、考えつくのかと、不思議に思うほどである。

 私の講習会は近々では28日の名古屋4月2日の朝日カルチャーセンター新宿4日の千代田、:9日の池袋コミュニティカレッジ10日の大阪、11日の奈良、等がありますが、いったいどのようなことを話し、どのように動くのか、私にも見当がとれません。このような状態ですから「正しい○○」「正しい基本」といったものを求められている方には、全く不向きな講座、講習会になると思います。ただ、ご自分の頭と身体で考えることがお好きな方には今までの私の講習会等のなかでも最もおもしろい時期かもしれません。ご関心のある方はどうぞお越しください。また、4月21日、朝日カルチャーセンター新宿で行われる土田昇氏との公開対談は聞く方にとっては今までの私の公開トークの中でも非常に得るところが少なくないものになると思いますから、仕事を休んでも来られる価値はあると思います。

以上1日分/掲載日 平成22年3月27日(土)


2010年3月30日(火)

 27日は、関西では初めての『この日の学校イン大阪』。私は最近の忙しさで、インフォメーションをこのサイトに載せた以外は何もできなかったし、今回世話人をしてもらったS女史も、こうしたことは初めてのようだったので、果たして人が集まるのか、かなり疑問があったので、会場の豊國神社の広前の広さに「これはちょっと寒いかなあ」と思ったが、始まる頃には、その広ささえも「もう少し広くてもよかったな」と思えるほどの方々に集まっていただき、内容も今までとは違った展開で行うことができた。そして、その後あった森ノ宮駅近くの居酒屋での打ち上げにも30人以上の方々が、カラオケルームで行われた二次会も十数人の方々の参加を得て、なかなか話が尽きず、我々が会場近くのホテルに引き上げたのは、12時近かった。
 今回も森田氏の能力と魅力にはすくなからぬ人たちが感じ入ったようで、おそらく何人かの方々の心には、今まで経験したことのない感動の火がつけられたと思う。
 数学を人間の営み、文化といったものに、これだけ近づけて論じられる人物は現在日本中を見渡しても本当に少ないと思う。
 「この日の学校」もすでに十回近くになっているので、これからは常に私と二人でということではなく、森田氏一人で、あるいは誰か適当な人物とのトーク、小グループの勉強会など、様々な形に発展させていければよいのではないかと思っている。現に、森田氏を囲んでなにか企画をしたいと、申し入れされている方も出てきはじめているので、これからいろいろな広がりが出てくるだろう。
 『この日の学校』の翌日、私は名古屋に移動して稽古会。最近の私の技の進展ぶりからいって、また何か新しい展開があるのではないかと思っていたが、その予想を超える進展が、打ち上げの後、私をホテルに送ってもらった名古屋の稽古会の世話人の山口氏ら数人と行ったホテル近くのファミリーレストランであった。
 場所が場所だけに目立つような動きを試したわけではなかったが、これはここ最近の動きの延長ではなく、ちょっと説明はしにくい身体の内部の感覚の操作、なんとか展開が広がるように言語化がしたいが、論理的というより多くのたとえを駆使しなくてはならないかもしれない。
 それにしても名古屋で、気づきを得ることが少なくないのは、この名古屋の世話人の山口氏の動きの質が、明らかに群を抜いていながら人柄が謙虚というか、質朴というのか(わざわざ自分を低くという訳ではなく)ごく普通でありながら、あそこまで、自然と地に足がついてというより地に足がメリ込むほど、自らをみつめ、人に接している、という特異性のためだろう(いま特異という言葉を使ったが、山口氏ほど特異という言葉が似合わない人はいないともいえるところが特異なのだろう)。
 なにしろ、身体の動きの質が尋常でなくなっているにも拘らず自らを語り、人に接するふうが、あまりにも、ごくごく普通の技を持った、しかも性格の穏やかな指導者の雰囲気なので、そのギャップに驚いてしまうのである。しかし、そのごくごく普通な雰囲気を保ちつつ、私といる間は一分一秒も惜しむように技のことやら、さまざまな考え方、生き方について尋ねたいこと、語りたいことが山のようにあるのだが、時に、その質問やら気づきが多すぎて寡黙になってしまうという誠実な人物である。将来さらに技が進み、山口氏と手を合わせた人が驚嘆しても、きっと何か少し恥ずかしそうな微笑をしながら、淡々と、そして丁寧に技について説明をしている姿が目に浮かぶようである。
 いま介護で活躍している岡田氏もそうだが、私に接し、私の影響が大きいにも拘らず、どちらかといえば毒気のある私とはおよそ違う人たちが育って活躍をするようになるというのは興味深いといえば興味深い。
 29日は、この山口氏の車で、既に尋ねる回数は六回目くらいになるかと思う米田柔整専門学校の柔道場へ、柔道部のK監督の招きで訪れ、七、八人の部員の諸氏と研究稽古。
 前回この柔道場で研究稽古をした後に行った、東京の総合格闘家T氏のジムで、初めて三角絞めをかけてもらい、この外し方をその場で工夫したが、それはこの柔道場で寝技への引き込み対策等をいろいろと質問されたことが役立っていたので、ここでもその三角絞めの外し方を実演し、部員の人たちにも納得してもらった。
 そして今回も、ここでの稽古で私自身少なからぬ気づきを得させてもらったが、最も得るところがあったのは、斬り込んできたり、突いてくる太刀を躱す太刀奪りの動きが、柔道で内股や、大外刈りなどの技を仕掛けられてきた時に対応するのにきわめて有効であるということである。
 それは太刀奪りなどは床を蹴って動いていては、その蹴った足を回収するのに時間がかかってしまい、頭は躱せても肩や腰を切られる可能性があるため床を蹴る動きは厳禁なのだが、柔道でも相手が何か技を仕掛けてきたとき、床を蹴って対応しようとしていては、時間がかかるし居ついてしまうので、当然そのような蹴る動きはやってはならないという事からの展開である。
 いまも述べたように、何事につけても床を蹴ったり踏ん張ったりしてはいけないということ自体は以前からわかっていたのだが、迂闊なことに太刀奪りの体捌きが、柔道の返し技に応用できるという事には思い至らなかったのである。やはり太刀といった道具を使っている動きが、ほとんどそのまま柔道のような体術の組み技に使えるとは思えないという常識に私も捉われていたのだろう。
 それからやはり一月中旬、この名古屋で気づいた上腕の付け根の三角筋に負担をかけないように動くという事から同月下旬に気づいた「キャスター・風見鶏の術理」は想像していたとおり、というか想像以上に柔道の組み手争いには有効で、私の技を体験した部員諸氏は、だれもがあまりのあっけなさに、とまどい笑い出してしまった。今回の研究稽古会でK監督の熱意もますます高まってきたようなので、今後の展開が楽しみである。

 このような状況ですので、私の動きにご関心のある方は、2日の朝日カルチャーセンター新宿9日の池袋コミュニティカレッジ10日の大阪、11日の奈良13日のよみうり文化センター自由ヶ丘15日の綾瀬24日の弘前25日の仙台などの講座や稽古会にどうぞ。
 また20日は告知板に載せました、「ニホンミツバチに学ぶ〜ニホンミツバチの生業化、ミツバチの今、自然・人との関わりについて」という講演が久志富士男先生を東京銀座にお迎えして行われます。是非ご参加ください。
 また21日は朝日カルチャーセンター新宿で、私が以前から行いたかった土田昇氏との道具刃物に関する公開トークがありますのでご関心のありそうな方をご存知の方は、その方にこのトークの事を伝えていただければ幸いです。

以上1日分/掲載日 平成22年3月31日(水)


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