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2010年6月1日(火)

 気づけば、もう6月。最近の月日の流れは早いなどというものではない。特に5月下旬は、27日から泊まりこそなかったが、連日連夜何かしら講座や集まりがあって、帰宅は12時前という事が1日もなく、そうしたイベントに出る前はギリギリ追われている荷作りや用件をやっていたから(それでもやらねばならない用件の半分以上は出来なかった)、この随感録を書いている暇もなかった。
 そして今日1日は、明日からまた関西方面での講演・講座など4日連続の日々が始まる準備、荷作り。しかし、こうした日々を送っていても、まあそれなりに気づきはあるので、3日の京都4日の名古屋の稽古会と、5日の大阪での「この日の学校」に来て頂いた方には、来て頂いた事が無駄にならなかったと思って頂けるものはお渡しできるかと思う。
 それにしても、29日の「この日の学校イン東京」で、森田氏の数学科の先輩の山下氏から話しを聞いていて、幾何学図形が「ひとつの譬えなのだ」と気づいたことは、本当に目から鱗がかたまって落ちた感があった。
 また、27日のファッション界の鬼才、山縣良和氏とのトークもなかなか刺激的だったし、29日、「この日の学校」の後、話しをした森田氏の親友でやはりファッションの世界に身を置いている小石氏との会話も大変盛り上がった。こうした才能ある若い人達との交流は、私にとっても得難い時間である。

以上1日分/掲載日 平成22年6月2日(水)


2010年6月7日(月)

 2日に大阪のM銀行で講演。3日は京都で稽古会。4日は名古屋で稽古会。そして5日は再度大阪に戻り、「この日の学校」という具合に関西・東海をぐるぐるまわって、いま帰京中。
 さすがに疲れて、今日は昼近くまで大阪のホテルにいたが、この疲れの原因として思い当たる一番の理由は、4月から5月にかけて厳重に行なっていた禁糖を、外食では大変なので止めたからのように思う。もちろん私はすでに甘味を好まなくなっているので、甘い菓子などは食べていないが、食事の味付けの甘さは「ちょっと参るな」とは思っても我慢して食べたりするから、かなり糖分が入ったと思う。
 こうして実際体験してみると、「糖分はエネルギー源で疲れを癒す」というのは、アル中の人間がアルコールが切れると手が震え、アルコールが入ると普通に戻るようなものではないかとおもう。
 今から数百年昔、南蛮渡来の砂糖を宝石のように貴び、その希少さに憧れた悪習が現代にまで残って、それが国民皆糖分中毒の素を作ったように思う。例えば茶の湯なども、千利休の時代のように、菓子として「炙り昆布」や「シイタケ」「ふのやき」といった味噌を包んだクレープのような、甘味とはほど遠いものを伝統としていたら、現代のような甘味中毒の社会とは違ったものになっていたかもしれない。
 もっとも酒と並んで甘味は人類の二大誘惑味覚のようだから、なかなかそうもいかなかったかも知れないが、甘味と縁が遠くなれば、かなり多くの身体そのものは生き生きしてくるような気がしてならない。
 それにしても、どうして私は世の大勢と逆らうような事にばかり価値を見出すのだろう。私の専門の武術においても、刀の持ち方は現代剣道の両手を離した状態から、江戸期の多くの剣客がそうであったように両手を寄せた方が竹刀・真剣ともに遥かに扱いやすいことに気づいてしまったし、トレーニング法にしても、現代のウエイトトレーニングのような、どこか疲れたい願望のあるようなトレーニングよりは、仕事感覚で行なうトレーニングの方が遥かに身体を上手に使えるようになることを実感している。
 別にわざわざ天邪鬼に現代の常識に逆らうようにしている訳ではなく、より自然でより有効な在りようを探求しているだけなのだが…。まあそれでも、そうした私の話に耳を傾けようとして下さる方々が少なからずいらっしゃるので、私の仕事も成り立っているわけだから、今後も率直に私の実感を発信してゆきたいと思っている。

 今回の旅では各地で気づきが少なからずありましたが、「この日の学校イン大阪」は、いままでにない盛り上がりで、ゲストの名越氏のキャラクターが際立ち、その名越氏と森田氏のかけ合いはさすがに見もので、普段は滅多に見られない空間が現れました。今日発売の『ダヴィンチ』には、の両氏に橋口いくよ女史も加わったかけ合いが載っているとの事、御関心のある方は御覧になって下さい。

以上1日分/掲載日 平成22年6月8日(火)


2010年6月11日(金)

 アイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル氷河の火山がどうなっているか、パリに問い合わせたところ、火山はこのところ落ち着いていて、ヨーロッパの航空機はすべて順調に飛んでいる旨のメールが届いた。また、そのメールには、パリの合気道の関係者で私の講習会を楽しみにしている人達の間では、私の渡仏が近づいてきたのでかなり盛り上がってきているとも添えてあった。私が問い合わせたのは、今度ヨーロッパで行なう私の武術の講習会の世話人を務めていただくT氏であるが、随分といろいろ準備をして頂いているらしい。
 とにかく昨年パリに行って、当地の人達の熱心さには心打たれた。その前、2006年にパリを初めて訪れた時は、再びこの地を訪れる事は、あまりあるとは思えなかったのだが、昨年は「これほど望まれるのなら、又来年も来ようかな」と思い、いま、そうなりつつある。しかし、6月の後半、日本にいないとなると、私自身呆れるほどやる事がある。
 いま、ここ3日ほどの間にやった事をちょっと思い起こしただけでも、連載中の『コンバットマガジン』誌と、ウエッブマガジン『リス』の原稿を書き、JAFの記事の校正をし、新しい企画のDVDの相談で人と会い、内田樹先生との共著『身体を通して時代を読む』の文庫化の校正原稿に目を通し、久しぶりに私一人で書き進めようと現在執筆中の本の原稿もいくらか書き、フランス行きの荷物も準備し始めたところスーツケースの車が壊れていた事に気付き、あわてて、こういう事に詳しいM女史に相談…といった具合である。多分、この他にも何件か問い合わせに答えたりなど、様々な用件があった気がするが、なにしろ最近は、何か始めたら何かを必ず忘れるといった梅路老師状態が続いているので、そこが救いかもしれないが、これほど忙しい思いは、あまり記憶にない。そういえば、今日もこれから出かけるが、明日も出かけることになっていて、明日は華やかなイベントなので、その準備もしなければならない事を思い出した。

 このような有り様ですから、私と何か近々で約束をされている方は、必ず電話で御連絡下さい。メールやFAXを送って頂いても、家族宛てや広告宣伝のメールに紛れて見落としている場合が多いですから、よろしくお願い致します。

以上1日分/掲載日 平成22年6月12日(土)


2010年6月14日(月)

 梅雨入りを 聞いた雨夜にホトトギス

 もうそろそろ聞こえてもいい頃だと10日ほど前から思っていたホトトギスの声が、よりによって梅雨入りとなりそうな13日の夜に初めて耳に入った。
 哀愁を帯びたホトトギスの声は、私の最も好きな鳥の声で今年も楽しみにしていたが、もう数日後に日本を離れるので、今年は家に居ながら聞ける日は、そう多くないかもしれない。(私の家の近くでは本格的夏に入ると声が聞けないので)
 しかし、この声に大変惹かれるようになったのは、私が五十代に入って、フト自分の人生を振り返ることが多くなってからかもしれない。
 12日は介護福祉士の岡田慎一郎氏の結婚式があり、私も招かれて行ってきたが、何人、いや何十人も知った顔があり、大なり小なりそれらの人々は、私との縁で、ここに来ているのかと思うと、とても自分が作った縁とは思えなかった。しかし、果たしてそれが良かったのか悪かったのか分からないが、岡田氏の人生に私が大きく関わった事は確かであるが、この岡田氏の他にも(岡田氏の例は誰が見てもそうだが)私と出会った事で人生が大きく変わったと自認している人は数十人、多少変わったと思っている人はその何倍かは存在しているらしい。それに私は面識はないが、私の本を読んで身体に関する職業を選択した人がいるという事も人づてに聞いた事がある。
 つくづく本を書いたりして世に出るという事は恐ろしい事だと思う。しかし、出てしまった以上、やるだけの事はやらねばと思って、いま、いままでで一番思いきった本を書いているが、何しろ時間がないので、これがいつ日の目を見るかは分からない。ただ、これが出れば、また影響を受ける人が出るだろうが、影響を受けて少しはいまの時代を真剣に考えて下さる方が出るのなら、それはそれで書く甲斐もあると覚悟を決めようと思っている。
 とにかく、私と出会い、私の影響で志を立て、それぞれ信じる道を進みだした人が、その道で健闘しているのは、私としても応援したいと思う。それで、いままで岡田氏の介護の講習会や、森田氏の数学の演奏会、白川女史の音楽家対象の講習会等々を私のサイトでも紹介してきたが、今回また新たに私との出会いがキッカケとなって、自分の信じる道を進み、近々、朝日カルチャーセンターで講座を開くことになった駒井雅和氏の紹介をここに載せておきたい。
 駒井氏が学ばれている韓氏意拳は、周知のように近代中国武術界の巨星と謳われた意拳の創始者、王郷斎老師に、唯一意拳の術理を体現した拳舞を、他の人々の前で舞う事を許された韓星橋老師の後継者として活躍中の韓競辰老師が世に出されたものである。私が日本の韓氏意拳の指導をすべて任されている光岡英稔師範と親しくなった事から、駒井氏はこの道を選ばれたのである。
 韓競辰老師は、私がいままでに出会った武術関係者の中で、初めて「こんな事が人間に出来るのか」という真に驚くべき動きを見せて下さった方であり、その武術のレベルの高さは、ちょっと想像を超えるが、その指導ぶりはきわめて穏やかで、一見するといわゆる健康のための気功教室のようにしか見えない。その指導ぶりを初めて拝見した時、私は小出切一雲が書いた『無住心剣術書』の一節、「当流の柔和無拍子の稽古などを脇目より見ば、さまざまに嘲り笑ふべし…」を思い出した。
 韓氏意拳は、このような実に穏やかな指導形態ですので(奥は果てしなく深いですが)、体を動かすことはほとんどやった事はない、という女性でも行なえます。御関心のある方はどうぞ。
 また、私が見た韓競辰老師の人間離れした動きが気になる方は、今度私が出す予定の本を御覧下さい。待ちきれない方は、私が桜井章一雀鬼会会長と対談させて頂いた『賢いカラダ バカなカラダ』(講談社刊)をどうぞ。

以上1日分/掲載日 平成22年6月15日(火)


2010年6月17日(木)

 フランス行きにむけての荷造りに追われていると、中央公論の井之上氏から5月に箱根で行った養老先生との対談原稿がメールで届く。 さすがに苦労の跡が偲ばれる原稿で、私も校正に熱が入り、昼間の数時間はこれに消えた。その間にもあちこちから電話やメールや郵便や宅配便が届く。なかでも驚いたのは、R大学から私とU教授との公開トークの依頼が、筑摩書房、インター・アート・コミッティーズ(私が綾瀬の東京武道館で行っている講習会の主催元)、私の自宅への直送と、3ルートを使って相次いで届いた。私はこの随感録で日頃から忙しい、忙しいと書いていたせいかもしれないが、3ルートを使うとは念のいったことだ。さすがに私も校正の手を止めてR大学に電話をした。
 さすがにこんなに手間をかけて頂くことは今後ないと思うが、これほど手間をかけて頂いても、最近は特に色々な依頼が重なっておりますので、御依頼をお受けできない場合も少なくないと思います。
 また、御依頼の確認など私に御用のある方は、この私のホームページの管理人宛にメールをお送りください。

 また、昨夜は日本を出る前に最近の私の技を整理しておこうと、三十年来の武友である伊藤峯夫氏に来てもらって技をまとめたが、その過程であらためて約18年前に私が気づいた「井桁崩しの原理」の意味も分かり、最近の「平根鏃の原理」が、この"井桁術理"を元に「共同募金の原理」や「脇の下の伏流水」、拇指の背の使い方、さらに一月に気づいた「キャスター・風見鶏の原理」などを材料に組み立てられていることが分かった。
 また、これらの動きとは少し別系統の観はあるが、「辰巳返し」(正座して床についた片手を、体重をかけて両手で抑えてもらうのを上げる技で、元々はこちらも両手で抑えてもらっていたのを上げていたが、最近は常に片手を両手で抑えられている状態を上げる場合ばかりなので、当初はこれを片手・両手抑えの辰巳返しと呼んでいたが、現在ではこの片手の場合を辰巳返しと呼んでいる)が、かなりさまざまな技の基盤になっている事も分かった。そして、偶々変化を検討しているうちに、まったく新しい抑え技(最終的には肩を入れて肘関節を伸ばして抑え込む)を発見、というか創り出し、伊藤氏との縁を記念に「峯颪(みねおろし)」と名づけた。
 それから、先週進展があった、こちらから出した手を払われないようにする際、今までで最も簡潔な技(日本昔話の舌切り雀の逸話にある)「小さな葛籠の原理」に、辰巳返しと太刀奪り(最も難度の高い両足を払われた状況)が組合わさった動きは、昨日、そのきっかけが見えたが、今日改めて今までで最も相手を崩せることが確かめられた。
 今回の渡欧は、いままでとは出国前の気持ちがかなり違う。
 2006年に初めて行った時は、直前まで自分がどこに行くかも関心がない状態で、行ってからも、ただただ、その日その日を送っていただけだったが、逆にその後大変なカルチャーショックを受けていた事が分かった。今回はその2006年の時とも、昨年行った2回目の時とも違うようだ。それがどういう事かは、行って帰って二、三ヶ月したら分かるかと思う。

以上1日分/掲載日 平成22年6月18日(金)


2010年6月22日(火)

 18日にパリに着き、19日から国内ではいまだかつてない3日連続、1日約6時間の講習会でずっと体を動かしていたため、全身筋肉痛だが不思議と動き始めると動けるものだ。
 ひとつは受講生の熱心さが、私の体を動かしているのだろう。今日22日は初めて夜2時間くらいの稽古だったが、それがもの足りないくらいだった。
 その帰り道、初めて晴れ渡った夜空に月を見て、その一瞬でまるで日本にいるような気分となった。人間の感覚の不思議さをあらためて知った気がした。

以上1日分/掲載日 平成22年6月24日(木)


2010年6月28日(月)

 先ほど(28日午後)、成田空港着。今回はフランス、ベルギー(日帰り)、そして最後はスペインに陽紀と2人で行き、各地で大変心のこもったおもてなしを受けた。ただ、どこに行っても稽古や講演などに殆どの時間を割き、あとはホテルで私の好きな山羊のチーズとパンと野菜と果物を食べて寝る、という日が続いた。ただ、すべての予定を終えたスペインでは、この地の責任者のS氏に招かれて、初めてヨーロッパの街の景色を楽しみながら、ゆっくりと食事をするという経験をした。
 私はグルメとは無縁だし、卵料理はどんな手の込んだ料理よりも生卵に行者ニンニク醤油漬けの醤油を入れたものが好きという人間だが、料理でもてなしをしたいという人の好意が味よりも有り難く、ヨーロッパ最後の夜という事もあって、まだまだ明るい8時半頃から、S氏の明るい性格にも乗せられて、12時過ぎまで町中の通りのプラタナスの木の下でスペイン料理を味わった。しかし、本当に甘味が苦手になっている事をあらためて知った。(それにしてもヨーロッパの甘さは日本より遥かにキツイ)
 そして、ホテルに戻ったが、翌日の帰国のためのパリへの移動が、飛行機の関係から、ホテルを早朝5時半に出なければならず、これは2時間くらいしか寝られないかなと思っていたが、S氏が、我々が早朝出発と聞いて、急遽同じホテルに泊まって見送りたいとの事で、ホテルに戻ってからも、「また飲みましょう」という事になり、私もビールを1/4杯ほど付き合ったが、アルコールが入るとかえって寝られなくなり、帰国のための荷物の整理をしているうちに4時半をまわってしまったので、完徹のままスペインを離れ、フランスへの機内でも寝られぬままパリへ。ここで最後に街を歩いたり、頼まれた買い物をしたりしていたが、まったく眠くないことが我ながら不気味だった。
 パリからの帰りの機内では、さすがに半分以上の時間寝ていたので、今回はずいぶんと飛行機に乗っていた時間が短く感じられた。しかし、いま、この随感録を書いていても、書こうと思っていた事が上手く書けないから、潜在的疲労はさすがに相当たまっているのだろう。

 このような訳ですので、大事な約束など忘れている可能性もあります。近々、私と会う予定の方、私からの返事待ちの方は必ず電話でご連絡下さい。ただ明日はほとんど寝ているかもしれませんので、その時は留守電でも入れておいて下さい。

以上1日分/掲載日 平成22年6月29日(火)


2010年6月29日(火)

 帰国して、荷物を解いて整理していて、フト「明後日、フランスかスペインに行って欲しい」と言われたら、「ああ、はい」と出しかけた荷物を入れ直し、すぐ荷作りして仕度することに抵抗のない自分を見つけて驚いた。旅の中ほどでは、帰国したら当分ヨーロッパに来ようとは思わないのではないかと思っていたし、最後徹夜してヨーロッパを離れたので、帰国したら体調は持ち直すのにかなり時間がかかるかもしれないと感じていただけに、意外な気がした。
 しかし、さすがに疲れは溜まっていたのだろう。昨夜1時過ぎに寝て、起きたら何と午後の4時近く。途中、午前10時頃、一度目が覚めたが、通しで14時間以上は寝ていたことになる。起き上がったら背中から腰にかけて、ひどくだるいような筋肉痛。ただ、風呂に入ったら、かなり楽になったから、思っていたより体調は崩れないかもしれない。しかし、まあ何が起こるかは分からない。徐々に溜まっている仕事を片づけつつ、日本での日常に復帰したいと思っている。
 今回、ヨーロッパへ行って、あらためて感じたのは、西欧人の中で東洋の珍しい武の文化に興味を持っている人達を対象に、それらを紹介するという枠を超えて、人間の身体の使い方の、より深い合理性がこれら武術の体の使い方で見つかっている、という事を伝えられたら…という事である。その意味で、パリの日本文化会館の講演の際、フランス人のギタリストから質問を受けたのは意味があったように思う。
 それにしても、合気道など武道関係を学んでいる人達の熱意は大変なものだ。私も出来うる限り応えたいと思って、予定時間が終わっても大体世話人の人に促されるか、会場の管理者に追い出されるまで、いろいろ技を体験してもらったり、質問を受けたりしていたが、時間無制限だったら夜通しでもやっていたかもしれない。しかし、日本の武道指導者のなかには、技の実演は自分が連れてきた弟子を相手行うのみで、受講生に直接技をかけることはしない人もいるらしい。
 だが、その人物が誰もが息を呑むような、とても人間に出来るとは思えないほどの技をそこで行なうのならともかく、ただそこで技を見せて、「皆さん、これを真似して下さい」という形式の講習会では、受講者の意欲もあまり湧かないように思う。
 ただ、まあ私の場合は私自身の稽古研究という要素が大きいので、いろいろな人達と手を合わせることは不可欠なのであるが。
 とにかく、今回もヨーロッパでいろいろと稽古してみて、技は体が浮いている時に行なうべきだという事をあらためて感じた。

以上1日分/掲載日 平成22年6月30日(水)


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