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1999年11月7日(日)

自分でも呆れるほどの忙しさだが、そうした中で術理の気づきがあり技も伸びてきた。
先日の中国・関西地方の稽古会では、四国で相手の下段蹴り、所謂ローキックに対して抜刀術の逆手抜飛刀打の体で尻餅をつくように下がると非常に具合がいいことを発見した。
また、こちらに帰ってはじめての11月5日の都内での稽古会では、おそらく今年一番の術理上の気づきがあった。
その術理とは一言でいうと実に単純なことで「多勢は無勢より強い」という、当たり前といえばあまりに当たり前のことである。ただこの原理を単純に体格の大小にあてはめず体の使い方に展開するところに術としての意味がある。
具体的にいうと大きな円の動きと接した小さな円は、大きな円の動きに敵わないということである。
つまり直径1メートルの歯車の縁を持ってぐるっと回したとき、この歯車と噛み合っている直径30センチほどの小さな歯車を、大きな歯車を回している人より力のある人が持ったとしても、なかなか大きな歯車の動きには対抗できないという例を挙げれば分かりやすいと思う。
これは梃の原理とも共通しており、小学生にも分かりやすいであろう。
また、2人でバットの太い方と細い方を互いに持って、逆方向に回し合うと、太い方を持った方が圧倒的に有利だ、という話は力のモーメントの実例として一般的にも極めて馴染み深いと思う。
こんな簡単なことにどうして今まで気づかなかったかと我ながら驚く。気づかなかった最大の理由は、人体が手首や肘、肩、その他いくつもの関節で出来ており、体を動かす際どうしてもそうした関節部を支点にしたヒンジ運動が僅かでも起ってしまい、そのため動きがそれら個々の関節部を中心としたいくつもの円運動に分かれて大きな働きとならなかったからだと思う。
この事情を゛たとえ゛でいえば、1つの組織である目的を達成しようと誰もが思っていながら、いくつもの派閥に分かれていると、その派閥間の勢力争いで結局大きな力になり得ないというようなことであろうか。
人間は相手に触れると、どうしても触れた近くが反応してしまう。そのためその動きは手首や肘を中心とした小さな円が出来てしまう。こうした動きを排し、相手に触れられても動じず、全体として大きな円を作るために、体が細かく割れる必要があり、それらが一斉に動けるように体を育てていかなければならないのだろう。
つまり、アームの長い鎖状のものがあったとして、それらがただ動けばいろいろな円になるが、それらの繋がり目のアソビが取れて、一直線になりその直径で動けば大きな円が出来るわけである。
ただここで問題なのは、繋がり目すなわち各関節部のアソビを取り、全体として1つの大きな直径の円を作り動かすということが、言葉でいうのと実際に体現するのとでは大きな違いがあるということである。それがまがりなりにも私に出来はじめたのは、膝の抜き、二力の合成、体を捻らない、うねらせない、支点を消し体を浮かせる、腰の下に脚がない、体の内側を落す、といってきたことを身体で模索しているうちに段々と出来るようになってきていたのだろう。

以上1日分/掲載日 平成11年11月9日(火)


1999年11月10日(水)

今回のこの゛大円の原理゛は11月5日に気づき、6日7日と私の道場で検討を加え、9日は仙台の稽古会でさらに展開していろいろ試みてみた。
その結果、片手両手持たせの浪之上、切込入身、柾目返、正面の抑、対捧げ持、などにいままでになかった効きを確認した。
そして多くの人達に説明していて私自身実感したのは、7年前の゛井桁崩しの原理゛を発見したすぐ後に、この井桁術理から円の動きを検討して打ち出した゛四方輪゛の術理の解説に使った概念や゛たとえ゛と重なる点がけっこうあるということである。

゛四方輪゛は『願立剣術物語』を参考にして展開したが、私に最も影響を与えたこの剣術書には、まるい玉の動きの維持を強調した教えが随所に見られ、その玉に角が出来るとそこを打ち砕かれると指摘したくだりがあった。
この教えは、今回の大きな円の形成と用法を説く術理にとっても、極めて興味深い教えである。
何故かというと、この゛大円の原理゛(現在、一応そう名付けた)は、なるべく自分の体外に円の中心が出来る大きな円を作り、身体はその大円の円周近くを形成して働くため、支点のある居ついた動きを極度に嫌い、身体各部が大円の各部分として遅速なくピタリと働かないと円に歪みが出て、つまり円に角が出来る状態になるからである。
゛井桁術理゛でワイパー状のヒンジ運動の問題点を指摘した時、この中心からコンパスで円を描くような動きは、そのアームがつい円運動と思い込んでぶつかることを指したのだが、この円の動きに対し蓮の葉の上の水滴は水の表面張力により結果として玉になるもので、この円の働きは、術において円の働きを出す大きなヒントになった。

゛大円の原理゛は、動きの原理としては極めて簡単で誰でも理解できると思うが、その術理を具体的に身体を使って体現することは実に容易ではない。
しかし6年前、゛四方輪゛の術理を打ち出した時の動きや術理に極めて近似していながら、その動きを支えている考え方が微妙にというか、かなり違うというのは面白いものである。
今後この術理がどのような展開をみせるかまったく予想もつかないが、当分はこの゛大円の原理゛の検討で日が送れそうである。

しかし、この技を受けた人達から「何かもの凄い力で崩されたような気がする」という感想が多く寄せられているから、「松聲館の技なんて、ありゃただの馬鹿力だよ」ということを言い出す人も出てくるかもしれない。まあ、そう言われたら「馬鹿力でもなんでも出来ないよりはいいでしょう」とでも言っておこうかと思う。
とにかく、私としては出会った縁によって術を拓いていくしかないのだから。

以上1日分/掲載日 平成11年11月10日(水)


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