2012年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 2001年 2005年 2009年 2013年 2002年 2006年 2010年 2014年 2003年 2007年 2011年 2016年 2004年 2008年 2012年 |
このところ、隣国の中国や韓国と領土問題をめぐって緊張が亢まっている。特に中国では反日デモが暴動に近いような状態にまでなった。こうした状況を見ていると、人間というのは本当に昔から変わらない度し難い愚かさを持っているものだと思う。
現在の日本では、現在の中国で起きているような規模の大きな破壊活動は起きることはなさそうだが、それは日本が不況不況とは言われてはいても、「本当に明日食べるものがない」というような人は、ごくごく僅かな国になっているからだと思う。
戦後間もない頃は、尖閣列島が日本領である事に、別に異論を差し挟まなかった中国が、近年しきりに尖閣の領有権を主張しているのは、よく言われているように海底資源がある事が分かったためであろう。そういう経緯から見れば、今回の尖閣問題が大きくなってきた原因は、確かに中国側にあると思う。しかし、歴史を繙いて冷静に考えてみれば、領土問題でその国が所有している事に何の問題もないと思える所が、果たしてどれくらいあるかは中々難しい問題だ。
例えば現在の沖縄は、日本が明治維新の時に、当時は日本にも中国にも両方に関係の深かった琉球国であり、維新後、日本がこれを自国の領土としようとした時、琉球は今までの外交慣習上これを拒否し、日本にのみ帰属することに抵抗した。しかし、当時の日本は強引にこれを自国の領土に組み込み、反対すれば武力討伐をする勢いを示したので、いわば仕方なく琉球は現在の形になったのである。したがって、尖閣問題で過熱している中国が、沖縄も中国の領土だという事は全く根拠がないわけでもない。
もちろん、その論法でいけばアメリカのテキサスもカリフォルニアも、メキシコがその領有権を主張してもいい事になるが、現に今その場所に住んでいる人達のほとんどはメキシコに変わることを望んではいないのと同じように、沖縄の人達も日本政府の自分達に対する扱いに不満は多いだろうが、それでも中国に帰属するよりは日本の国民でいたいと思う人の方が圧倒的に多いと思う。
そこで起きた尖閣問題だが、これに関しては、かつて現在の中国の開放路線を最初に始めたケ小平(当時、中国副首相)が1978年10月25日に「我々の、この世代の人間は知恵が足りません。この問題は話がまとまりません。次の世代は、きっと我々よりは賢くなるでしょう。そのときは必ずや、お互いに皆が受け入れられる良い方法を見つけることができるでしょう。」(日本記者クラブ記者会見抜粋)と、いかにも中国の大陸的大人の提案で、この事には触れず交流を深めてきた。ただ、中国の複雑さというか老獪さは、表面では親日を装いつつも、日本に対して決して友好的にはならないような教育を若者に施し、日本への怨念を忘れることがないようにしてきた。そして近年、財力も蓄え、武力も大きくし、野望を膨らませつつある中国が驕った態度になってきたのにも問題がある事は確かだろう。ただ、そうならざるを得なくなっているのは、中国が「富める者から先に富めばいい」という社会主義国家としては巨大な矛盾のある政策を、国力をつけるために行ない、貧富の差は拡大し、中国全土に不満が満ち満ちてきているのを何とかしのぐため、という苦しい事情も抱えているからだろう。
とはいえ、かつてのケ小平副首相のような、いかにも大陸の大人を思わせる対応とは異なり、自分達の権利ばかりを主張する態度は、どう見ても感心しない。しかし、それに対して何らセンスもユーモアも感じさせない四角四面な市役所の広報課のように対応した日本政府も、まったく政治家には程遠いと思う。日本政府が尖閣購入を急いだのは、多少事情を察することが出来る人間なら、それが日本側の人間であろうと、中国側の人間であろうと、東京都の石原知事に買われて、一時的にせよ東京都の所有する土地となれば、島に何らかの施設を作って(そこまでしなくても刺激的言動を行なって)問題をますますややこしくさせる可能性があるため、そういう事態を防ごうとした事は察しがつく。
したがって、日本政府が尖閣購入を発表し、中国がそれに反対した時に、ハッキリとその事を言えばいいのである。「かつてケ小平副首相が『いまの我々には知恵がない。将来もっといい解決が出来る時が来るまで、この問題には触れないでおきましょう』とおっしゃっていただいたように、我々もこの問題には触れないようにしたいと思いますが、子どものような東京都知事がいたずらをしそうですから、我々が預かる事にしました。その辺を貴国も御理解願います」と、ざっくばらんに言えばよかったと思う。
とにかく、現在の政治家は、時に臨んで機転のきくユーモアのある対応がまったく出来ない人物ばかりである事は本当に嘆かわしい。どのような人に政治を託したらいいかは、かつてある選挙陣営が標語にしたような「出たい人より、出したい人を」である事は明らかだが、現在のような選挙制度になってしまい、権力志向で野心があって、自己顕示欲の強い者がどうしても政治家になる傾向がある。これは本来の東洋には向かない政治形態だと私は思うのだが、そう嘆いても今さらどうなるものでもない。
先日、久しぶりに養老孟司先生と、ほぼ一日福岡で開かれた子ども達の虫取りイベントや公開トークで、ずっと御一緒して、車で移動の折や食事の時など、ずいぶんと親しくお話しを伺ったり、私もさせて頂いたりしたが、この時「ああ、こういう人が何らかの形で政治に参加して頂けたら、日本もずいぶん違ってくるだろうな」と、つくづく思った。
そして、その折、尖閣問題や竹島問題などにも話が及んだ時、私が「ああいう領土問題は、今あちこちで起きていますよねえ。北方領土もそうですし、中国はベトナムやフィリピンとも争っています。私が思うのは国連がもっと強力になって、とにかく揉めているところは『喧嘩両成敗』で国連が介入し、すべて自然保護区にして、それこそ本当の世界遺産というか地球の遺産として、そこを保護管理し、動植物の観察をする人間以外の立ち入りを禁じて、生態系の保存に務めるようにしたらいいと思いますけどねえ」と、以前から私が持っていた自説を展開したところ、養老先生も、あの独特の笑顔で、しきりにうなずいて下さった。まあこれが実現する事は大変大変難しいと思うが、政治的交渉として中国に対して日本からこういった国際機関への寄付という話を出せば、相手国の面目も立ち、現在のギクシャクした関係の緩和には、それなりに役立つのではないかと思う。
9月27日
それにしても、日本の政府首脳も知恵のない事だ。野田首相は国連の場で「そもそも領土問題は存在しない…」などと中国をますます刺激するような事を言っている。それよりもケ小平副首相(当時)が「『我々の世代は知恵が足りません…』と、『この問題は棚上げにしておきましょう』と言われているのだから、棚上げにしておきましょう」と直接中国に呼びかけ、もし向こうが「そんな過去の副首相の言った事など関係ない」と言ってくれば、「それなら、そちらも我々にとっても迷惑だった過去の日本軍がやった事など、いまさら持ち出さないでもらいたい。お互いに、もっと急を要する大きな問題を抱えているのですから、ここは、先送りしましょう」と言って、うまく話を持っていけば、少なくとも中国で大きな反日デモが膨れ上がり、お互い人の交流も難しくなるような事は緩和の方向に向かうだろう。
「松聲館日乗」(メールマガジン「夜間飛行」『風の先・風の跡』No.37号掲載)
以上2日分/掲載日 平成24年10月12日(金)