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※2001年8月1日(水)以降については、「随感録」を御覧ください。

2001年2月6日(火)

2001年もまだ1月が過ぎたばかりだというのに、本当にいろいろと考えさせられることが多い。
昨日は、今月17日の朝日カルチャーセンターでのトークの打合わせもあり、上京中の精神科医、名越康文氏と九段のホテルで会った。
この時、名越氏は、ちょうど一昨日の3日、NHKラジオ「土曜ほっとタイム」の『素敵なあなた』のコーナーに出演していた、『リストカットシンドローム』(ワニブックス)の著者ロブ@大月氏と会談中であったが、このNHKの番組には途中電話でアナウンサーの質問に答える形で名越氏も出演したこともあってか、話はそのことに関連して種々展開していたようだった。
私が到着してその対話に加わった時、「いま話していたんですけど、やっぱり絶望したことのない人間っていうのは、話しの通りが根本的に悪いという結論に達したんですよ」と名越氏がそれまでの会話をひとまとめにして私を話の中に迎えて下さった。そして、「先生はいま絶望という言葉は容易に使えなくなっているみたいですけど」と付け加えられた。その言葉を聞きながら、このホテルのレストランの前に広がるお堀の石垣や松や桜の枝にとまるカラス、根元を歩く猫などを眺めていると、なんともいえない哀しみがこみ上げてきた。
私は1月の末から、絶望ということについてさまざまに考えさせられてきた。それは人間の悲しみや絶望感、耐えがたいほどの辛さにも様々な種類があるからである。

この日、ちょうどこの九段のホテルに来る途中、乗ってきた電車の中で、前にいた人が持っていた本を何気なくみると、『「少年A」この子を生んで……』という題名が見えた(文藝春秋から刊行)。「少年A」とは例の神戸の小学生を殺した「少年A」のことであろう。著者は「少年A」の両親らしい。
それを見た時、「少年A」のような子を持った親の絶望感と辛さはどれほどだろうかと思うと共に、私が抱いた人間の環境破壊に対する絶望感にくらべ、こうした人達の絶望感と辛さはより直に我が身を切りさいなむだろうと思うと、自分の気持ちをどの方向に向けたらいいのかと、いままでより一層のキツさを味わった。
絶望の深さや度合いをくらべるというのもどうかと思うし、ある面種類が違うものはくらべようもないとも言えるが、荒寥茫漠と広がる絶望感と、縛られた縄目がギリギリと喰い込んでくるような絶望感とでは、身体と精神へのこたえ方が違うだろう。

「絶望していることで、ある面恐いものなし、というのは、人間としてあまり見よい風景ではないのではないか」という自省は、昨年の9月のはじめ頃に、この『交遊録』にもたしか書いた筈だが、人間というのは安きにつきやすいというか、なんとか自己愛を保とうとすることを最優先にしようとするためか、絶望したらしたで、それをもとに何とか自分の生きる拠り所を求めようとするらしい。
その浅ましさに嫌気がさしてきたところへ、ある人から「生きつづけようとする者に絶望は許されない」との言葉があることを教えられ、それはそれでひどく納得してしまっただけに、より一層苦しくなっていたのである。

それにしても、名越康文氏の名医ぶりは凄い。
私の話しに「ウーン」とうなづいてもらっているだけで、瞬間フッと救われた思いになる。
信州の江崎義巳氏が、昨年2月の宇城先生と私の講座に来て、遠目で名越氏が誰かと話をしてうなづく様子を見て、「あんなうなづき方が出来る人がいるのを初めて見ました」とホトホト感心していたし、私の畏友で名越氏とも親しいV氏は、かねてから名越氏のことを「全身臨床家」「相槌の天才」と呼んでいる理由がいまさらのように思い出された。
しかし、名越氏の名医としての力に甘えて楽になることがいいことなのかどうか、少なくとも現在の私自身は甚だ疑問。「医師というのは善人、悪人の別なく、とにかく助けるのが第一なのかも知れないが、何かなあ…」と感謝とも文句ともつかない複雑な思いで(しかし感謝の想いの方がかなり大きかったと思う)、大阪へ帰る名越氏を東京駅で見送った。
こんな状況だから、17日の朝日カルチャーセンターでの名越氏とのトークがどのような展開となるのか、今はまるで想像がつかない。

以上1日分/掲載日 平成13年2月8日(木)


2001年2月11日(日)

9日の昼、私が社団法人整体協会に御縁の出来た最初のキッカケであり、その後四半世紀にわたってお世話になっている、故野口晴哉先生の高弟、堅田俊逸先生の奥様が逝去された報に接し、しばし呆然とした。
亡くなられた堅田敦子女史は、若い頃肝臓を患っておられる時、整体と出会って立ち直られ、野口晴哉先生の許に内弟子として入られたと聞く。その後間もなく堅田先生と御結婚され、かつてはとても子供も産めないと言われていたそうだが、3人のお子さんの母となられた。
私はかつて武術を専門とする以前、整体協会に入って、この道の専門家になろうかと本気で考えた時期があったが、それは、この堅田先生の御宅で弟子同様にお手伝いをさせていただいていた時期があったからである。
したがって、堅田先生の奥様には随分とお世話になり、思い出も数々ある。
茶目っ気のある方で、10年ほど前であったろうか、久しぶりに伺った時に「甲野さん、この頃有名になっちゃって、今度汚い恰好して町の中で『甲野さぁーん』て大声だして手を掴んじゃおうかな」と、クックッと笑いながら言われた光景がなぜか今でもハッキリと印象に残っている。
以前から、どういう死に方が理想か、というと、突然ではまわりに迷惑をかけるので、「少し寝ついて死ぬのがいいわね」とおっしゃっていたそうだが、そのお言葉どおり、寝ついて10日ほどで亡くなられたという。
10日の夜、御遺体にお別れの御挨拶に伺った時、「なかなか見事な死に方でした」とおっしゃった堅田先生の、淋しさを深く内に秘めつつも、何かを共に成し遂げてホッとされているような、なんともいえないお顔が印象的だった。

謹んで御冥福をお祈りしたい。

以上1日分/掲載日 平成13年2月12日(月)


2001年2月19日(月)

陽の光にも春が感じられるようになってきたが、最近の私はそうした春の息吹を味わっている暇もない。
先週は、とにかくギリギリに締切が迫ってきていた青土社の『現代思想』誌の原稿書きに使える時間はすべて使ったが、急に入ってきた用件がいくつもあり、週の後半は日が変わっても心に区切りがつかず、長い1日を時々休みながら過ごした感じだった。
それでも17日の土曜までには何とか原稿を書きあげ、これをパソコンで清書してもらうよう朝日カルチャーセンターの名越康文氏との対論に来てもらったI氏に渡すことができた。

さて、その朝日カルチャーセンター新宿での精神科医、名越康文氏との対論『感覚の再編成』は、予測はしていたが、それ以上に名越氏の名説を聞くことが出来た。
あれほど自在に説けたら、人間をやっていて楽しいんじゃないかと、日頃の名越氏の大変さと苦闘ぶりをよく知っていながら、つい思ってしまうほど見事だった。

この日は、夜、名越氏が整体協会の野口裕之先生の操法を受ける日だったので、結局夜午前1時近くまで、計14時間ほとんど一緒にいた。その間、周囲の場面も人も変わったが、どの場面にも借りものではない名越氏が浮き立っていて、改めてこの人物の存在力の不思議さを思った。
その名越氏が感嘆してやまぬ野口裕之先生だが、この日は今までになく「あぁもう、ちょっと人間じゃないなぁ」という何ともいえぬ雰囲気に、この方が背負われているもののどうしようもない重さを感じ、タメ息が出た。

今日19日は、ラグビー界の名門、東芝府中のラグビー部のコーチと選手など4人の方が見えたので、タックルかわし、タックル潰しなどを私のところの片手持たせ、両手持たせの沈みや切込入身等々を説明に使いながら実演した。
実演は、ごく最近開発中の前傾と床几外しの釣り合いによる腰から立ちのぼる力の使い方を工夫して行なったが、スクラムを組んだ状態で押し合うと、この体の使い方でも難しいかと思っていたが、体重が私より30s以上ある現役選手にも入っていけたから知らぬ間に又動きの質がよくなっているのかも知れない。
前方から組みついてくるタックルは、相手の上腕のあたりに、こちらの前腕を置いて沈めるものが有効なようだ。「有効なようだ」というのは、屈強な選手が同じ技を続けて受けるのを「いや、もういいです」と尻込みされていたから、自分ではあまり実感はないが、「利いたらしい」と想像されるからだ。どうも、より滞りなく肩と胸鎖関節を沈めることで瞬間触れただけでも技というのは利くようだ。
選手の方がビデオで見た時(多分、1月20日桐朋でやった稽古会の時のものだろう)、「こんなのウソだと思いましたけど納得しました」と感想をもらされていたし、コーチの方も「この動きはどうやれば身につくでしょう」と尋ねて下さったから、何か伝わったものはあったのだろう。
ただ、私としては実演して私なりの術理をお話しすることしかできないので、その先は、すでに私の動きを取り入れて成果を挙げられ、スポーツへの応用をさらに深く研究をされている岡山の小森君美先生や桐朋高校の金田伸夫先生とコンタクトされ、多角度から研究されることをお勧めしておいた。

3月は、佐賀や東京でスポーツ関係の方々とかなり会う予定になっているが、私もそのおかげで又違った刺激を受けることができそうだ。とにかくスポーツ関係の方は、「役に立ちそうだ」となったら、ドンドン積極的に求めて来られるので、その点お付き合いしやすく、私としても有難く思っている。

以上1日分/掲載日 平成13年2月21日(水)


2001年2月26日(月)

来月はじめから佐賀、熊本、岡山とまわり、帰宅後3日ほどおいて又大阪、四国と出るので何かと慌しい。そうした中、23日はJR鶯谷駅から1q弱歩いたところにある、おでんの店『M』で開かれた゛銕の会゛へ。
鉄を鉄と書かず、金偏に攘夷の夷を書くところに、この会のこだわりがあるようで、この日集まった方々は、高名な表具師S氏、江戸小紋の型紙師のM氏、メイクの大御所Y氏、元病院長で、こと刃物と研ぎにかけては知る人ぞ知るI氏、鋸の研究で知られている大学助教授のH氏、建築家のH氏等々、それぞれ職業もバラバラだが一様に刃物や鋼材、研ぎ、それに古来からの工芸への造詣は一通りではなく、この夜も、私が柿渋についてちょっと質問したところ、表具師のS氏と型紙師のM氏から、普通ではとても得られぬ貴重なお話の数々を伺うことが出来た。
そして、鋼材や研ぎの話になれば、もう止め処がない。「堺の包丁鍛冶K氏に玉鋼で鍛ってもらった包丁の切れ味が…」ということになると、「その鋼はいつ頃のものだろうか…」とか「純粋の炭素鋼は、焼入れでクモがつきやすいから難しい」とか、「研ぎは仕上げに近づくほど砥石の硬度は刃物の硬度に近くなければならない」とか、「宮野鉄之助の八寸の鋸のセンスキが…」とか次から次へと話に花が咲いた。
この日は、全員で9人と少人数だったが、それだけに密度が濃かった。
それにしても一人一人個性が強く、技にも自信のある方々をうまくまとめているのは世話人の岡安一男、岡安鋼材社長の人柄だろう。
下町情緒たっぷりの店『M』は全員が気に入り、また次回もここで集まろうとの結論に達し、4時間近く盛り上がった後散会した。

今日26日は、夕方から新宿の朝日カルチャーセンターでの講座のある日だが、前日の25日は、3月3日からの九州地方への旅の仕度やら稽古やらで1日中忙しく体を動かし、寝ついたのが午前3時となってしまった。しかし、朝7時前には目が覚めた。
睡眠時間3時間半。さすがにこれでは体がもたないのではないかと思って、もう少し寝ようかと思ったが、何か寝ていられないのである。もちろんやることが山のようにあって、そのことが次々と頭に浮かんでくるせいもあるが、同時にとても懐かしい体感覚がするのである。
そして、それはよくよく記憶を辿ると、7〜8歳の頃の日曜日など、朝目が覚めると部屋の中に雨戸の節穴からいくつも光がさし込んでいて、それを見ているうちと外に遊びに飛び出して行きたくなった、あの衝動に近いのである。
その頃は、母親に「まだ早いんだから、もう少し寝ていなさい」と言われ、布団の中にいるのがもどかしくて仕方がなかったが、今はただでさえ時間がないのだし、「起きる起きぬは私の自由。もし今日これでへばったら明日は少し多目に寝よう」と心に決めて起きると、すぐいろいろな用件にとりかかった。

それにしても、この目覚めの良さ!これが2月14日以来本格的に始めた生の葉菜根菜擂り潰し食の効用であることは明らかだ。この生野菜食は、誰にでも向いている食事ではないかも知れないが、関心のある方の御参考の為に具体的に何をどうやって食べているか、ちょっと触れてみる。
葉菜は、小松菜、大根葉、セリ、ニラ、白菜、キャベツ、ミツバ、セロリ等の中から2〜3種類(私は殆ど小松菜主体で、あと2種類ほど適当にあり合わせを混ぜている)。
根菜は、人参、大根、牛蒡(ごぼう)がほとんどで、山芋や蓮根を加えることもある。
それらを、西式健康法の実践者である会員のO氏に購入してもらった『スズキのジュースマシン』という、ラセン状の細長い歯車2基が回転して野菜を巻き込みつつ擂り潰す用具で、シャーベット状にして混ぜ合わせ、それを約ドンブリ1杯、家に居られる時は昼、夜の2度の食事の時に食べている。とにかく食事の前に、まずこれを食べ、あとは若干普通の食事(といっても動物性のものと甘味は以前よりずっと減った)を摂っている。
それ以外は以前の生活と変わっていないから、どう考えてもこの目覚めの良さは食物のせいとしか考えられない。
もちろん適う適わぬはあるだろうが、体調不全の人でやってみる気があるのなら、試してみて決して損にはならないと思う。
もっとも、こういうことも縁があるかないかで、私のように「いいだろうなぁ」と知識としてはずっと昔から知っていながら今までやらなかった者もいるのだから縁というのは妙なものである。
最後に、この食事法は西式健康法を参考にしたものなので(私は西式の会員でも、西式の実践者でもないのだが)、関心を持たれた方は西式健康法の書籍を御覧になることをお勧めしたい。

以上1日分/掲載日 平成13年2月27日(火)


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