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1999年5月7日(金)

2月1日にもみえた岡山の中学のK先生来館。
2月から3ヶ月の間に、その研究はますます進んだようで、陸上の中距離なら、本人にやる気がありさえすれば、格段に記録を伸ばせるという指導法を、ほぼ確立されつつあるようだ。
ただ、この走法の最大にして唯一の欠点は、体を捻らないナンバ走りという私の術理が基になっているから、現代の走法を見馴れている人々の目から見ると、走る姿がいかにも滑稽で、これでは年頃の女の子(男もそうかもしれないが)は、やりたがらないだろう、ということである。
もっとも、ひと頃全盛をきわめたディスコ・ダンスにしても、見る人によっては醜悪そのものだったであろうから、本当に無駄のない走りをすれば、自ら備わる美しさも出てくるだろう。
それにしても、K先生の情熱には頭が下がる。しかし、すでに確実な成果が挙りつつあるようだから、そのうち陸上界でも話題になるかもしれない。
この日は夜、都内であった稽古会にも参加されて、「今回もたくさんヒントをいただきました」と丁重にお礼をおっしゃって下さったから、動いた本人以上に多くのことを気づかれたのかもしれない。

1999年5月9日(日)

松聲館で常連の人達と稽古。
とにかく最近は、ここでも恵比寿の稽古会でも、私の畏友G氏の口マネではないが(G氏は某貿易会社の取締役社長を務められているが゛人間の存在とは何か゛という哲学的思想的方面に深い関心があり、そのことに関して口を開けば、又、筆をとれば実に見事な考察をされるのだが、御本人にまったく世に出る気がないため、私はもとよりG氏の才能を知る名越康文・名越クリニック院長、植島啓司関西大学教授なども残念に思っている。……前置きが長くなってしまったが、このG氏に私が「そういえばGさんは取締役社長でしたよね」と言った時、すかさずG氏は「いやいや、私は取締まられ役ですから」と言われてニヤッと笑われた。その間髪を入れぬタイミングの良さに思わず大笑いしてしまったのだが、私もつい、これにならって……)、指導する側か、される側かわからなくなるほど、私の動きに注文をつけたり感想を述べてくれる稽古会の会員諸氏が育ってきて、もはや井桁をはじめとする松聲館の術理は、自己増殖的に展開しはじめている。

たとえば今日は、常連会員といっても、ある空手道場の道場主で忙しく、今年はまだ数回しか来ていない会員のM氏が、ある空手の大会で優勝したとの報告が入った。
よく、武道の稽古は週1回道場へ通う程度では上達はおぼつかない、などと言われるが、術理さえのみ込み、あとは自分で稽古してゆけば上達することは確かで、私の周囲には何人もその具体例がある。
それに、私の稽古会には1度も出たことがなくとも、私の本やビデオを参考に稽古法を研究し、成果を挙げたという例もけっこうあるようだ。
井桁術理、体を割る、固定的な支点を消す、などということは、そのうちいったい誰が言い出したのか、わからなくなるような時期が来るかもしれない(現にポツポツそうなってきているようでもあるし)。
もちろん、そうなれば結構なことで、ことさら私は著作権を言いたてるつもりはない。
なにしろ私も、黒田鉄山先生の「まわってまわらず」とか「順体」などという言葉にヒントをいただいたのであるから。
ただ、私が無断で誰かのマネをした、といわれるのはちょっと辛いので、それもあって、このホームページでリアルタイムに気づきを公表しようと思っている。
私は術理に関しては、チョッとした゛たとえ゛でも「おっ、うまいこと言うな」と思ったら、それを最初に言った人の名前を必ず書くことにしている。自分がやられたらいやなことは他人にもしない、というのは人間の社会では最低限のマナーであろう。

とにかく、私の稽古会は「私は私で技と術理を拓いてゆくから、皆さんもどうぞドンドン研究して下さい」というのが基本姿勢。
この方法が必ずいいという気は全くないが、私はこれしかできない。
だから、この私の術理を研究し、掘り下げ、ある程度の基本をつくる人が出ても一向差し支えないし、むしろそういう人も必要ではないかと最近は考えるようになった。
それに多分゛いじめ゛に遭っている人に、「とにかく、1ヶ月ぐらいでなんとか強くなりたいのです」と頼み込まれたら、おそらく私も、その人に合わせて、反復稽古できる基本らしきもの、を作ることになると思う。
いつの間にか私の稽古会も、他の人を教えられるほどの動きと観察眼と術理を身につけた人が十指に余るほど出てきた。益々おおいに展開して欲しい。

私は最近、合気ニュースで刊行予定の術理本の原稿が一応手を離れて一息ついたため、心の隙ができたのか、一昨年の映画『もののけ姫』のショックのゆり返しがきて、ちょっと(いやかなり)参っている。
まあ、これは、私個人の全くプライベートな思いであるから、人に押しつけるものではないし、そのことについてこれ以上語るつもりはない。

いましたいことは、と訊かれたら、どこか環境のいいところで心ゆくまで手裏剣術の遠間の打法を研究したい、ということだろうか。
私にとってこの道の唯一の同志ともいえる江崎義巳氏(近々出る合気ニュース刊『武術の視点』のなかでも触れているが、手裏剣術の技法と剣の作り方は私が手解きをしたが、今やその鍛える剣の美しさは、私も惚れ惚れするほどのものを造るようになっている)は、昨年の秋、直打法(剣先を指先と同方向に持ち、剣を約4分の1回転以上させない)で17m、九間以上を通したというから(私は最長八間四尺)一度十間に挑戦してみたい(もっともこの距離になると、剣の重心位置と手のひらのすべりの度合いが大きく影響するから、暑くなる季節には不向きかもしれないが)。

1999年5月13日(木)

佐野史郎さんが初監督をされた映画『カラオケ』公開記念ライブに招かれたので、南青山マンダラに行く。
オープンの6時半少し前に着いたのだが、この映画のエンディングにカルメン・マキさんの『戦争は知らない』が使われたことから、今日のメイン・ゲストがマキさんということもあって、マキさんのライブの常連中の常連で、マキさんのファンのためにホームページを開いているS・HIROMI女史らに会う。
(※S・HIROMIさんのHPは、2000年1月、公式HPに吸収合併されました)

マキさんのライブで開演を待っていると、近頃よく見知らぬ人に声をかけられる。その多くは、マキさんのホームページを開いているS・HIROMIさんとEメールや手紙のやりとりはしていても、HIROMIさんの顔を知らないマキさんのファンで、HIROMIさんと会うためにまず私を見つけ、HIROMIさんへのつなぎを依頼される。今回も2件あった。

ライブは楽しかった。佐野さんがギターを弾いて歌う、という情景は、歌がうまいとか、うまくないとかよりも、それがまるでドラマの1シーンを見ているようで、つくづく、この人は24時間俳優なのではないかと思った。

この佐野さんのお連れ合いの石川真希さんのヴォーカルは初めてだが、「うーん、この人、ちょっとカスッテルかな」(名越氏と特に親しい人のみわかる用語)と思える存在のユニークさだった(しかし、まさか、この人との出会いが今回のライブの最大の収穫になるとは夢にも思わなかった)。

マキさんの歌は「そりゃあ、やっぱりなんといっても」という感じ。楽しい雰囲気ということもあってか、1万ccの車が一般道路を制限速度でゆっくりと、しかし風格を失わず走ったような感じだった。

そして打上げ。ライブ終了直後あいさつ程度話した石川真希さんと、その後でなんということもなく話しはじめたのだが、そのユニークさに引き込まれ30分ぐらいは2人だけの世界に入ってしまった。
とにかく、ひとことでいえば「こんな浮世離れした人が、よく生きていられるな」という印象だったが、同時に、ある種の逆境には恐ろしく強いだろうと思った。
人間の生きている意味を率直に問いつづけ、少女から今に至った、というところだろうか。
まあ、一緒に暮らす人は大変だろうが、同時に得がたいものを得ることも度々あるに違いない。
名は体を表わす、というが、まさに ゛真に希(しんにまれ)゛な人だ。
いろいろと気を遣っていただいた、キッセヰドウの佐藤さん、アベェべェの二川さん、お世話になりました。ホームページ上を借りてお礼申し上げます。

以上3日分/掲載日 平成11年5月23日(日)


1999年5月19日(水)

多田容子さん、講談社から『双眼』 を刊行。
今から4年前の1995年9月2日に亀岡であった稽古会に初めて参加。その時、私と交換した名刺に゛作家のタマゴ゛と書いてあった多田容子女史が、昨年、本の刊行が決まり、卵が孵って雛状態となっていったのだが、今回、講談社から『双眼』と題して柳生十兵衛について書いた小説を刊行した。
この作品には、私をはじめ、私の畏友の名越康文氏、松聲館常連の吉田健三氏、それに、昨月、私を京大の水野弥一アメリカンフットボール部監督に紹介して下さった田村知則氏らがアドバイスや応援をしていただけに感慨もひとしお。私も手裏剣の場面では、かなり具体的なアイデアの協力をした。
関心のある方は、是非、書店で手にとっていただきたい。

夜は、糸井重里氏がリングスの成瀬昌由、高阪剛の両選手に、お知り合いで、人工知能やロボットに詳しい、森川幸人氏を伴って来館された。今回は、前に来ていただいた時のように夜を徹して、ということはなかったが、それでも午前2時過ぎまで約4時間以上、楽しいひとときを過させていただいた。
それにしても糸井氏というのは「どうしてこんなにも自然に場を盛り上げる才能があるのだろうか」と、お会いする度につくづく感心させられる。いままでの私の人生経験では、精神科医の名越康文氏と共に、東西の横綱級だ(それだけに、この御二方の出会いは今からとても楽しみだ)。近所の庶民的な和菓子屋で買った゛すあま゛(この頃あまり見かけなくなった)を、「僕、これ好物なんですよ」と、本当においしそうに食べて下さったのには感激した。
成瀬選手と高阪選手も、私のような者からでも、何かを学びとろうと、非常に真摯な態度で、いろいろ質問して下さり、頭が下がった。
そのお陰で、7つか8つほど、新しい体術の技が出来、私も、いま展開中の「提灯畳みの原理」を進展させることが出来、たいへんありがたかった。両選手の今後の御活躍を心から祈りたい。

それにしても、このようなプロの選手と技の交流ができたのも、今年2月から、アメリカンフットボールやラグビーのタックル、あるいはバスケットボールのガードを突破する体の運用法の研究をしていたからであろう。
そのキッカケを作って下さった、朝日新聞大阪本社の石井晃論説委員と、関西大学の植島啓司教授にあらためてお礼を申し上げておきたい。

しかし、それにしても時間がない。早々に返さねばならない、合気ニュースからの5冊目の術理本『武術の視点』の初校の一部がこの日も届いていたし、昨日打合せのため来館されたPHP編集部の方からは、2週間ぐらいのうちに、まだほとんど手をつけていない養老先生との対談のテープおこしをまとめて欲しい、と要望されている。
14日(金)の『三洋化成ニュース』のインタビューと、17日(月)に作家の新宮正春氏との対談(『セキュリティ』所載予定)のテープおこしをまとめたものも近々来るだろうから、本当に出したい人への手紙もなかなか出せないし、会いたい人にもなかなか会えない。

以上1日分/掲載日 平成11年5月26日(水)


1999年5月27日(木)

2ヶ月ほど前に初めて道場に来られた、私立T学園のK先生とH先生が来館。
K先生は、その後、私が学園の方に伺ったこともあって、従来のバスケットボールの基本といわれている動きすべての見直しに入られるほどの熱の入りようで、今回も、マイケル・ジョーダン選手の動きのビデオを持参され、私の動きを体験したことで見えてきたという、ジョーダン選手の動きについて、詳しく解説して下さった。

今回は、たくさんの質問をいただいたが、そうした質問に答える形で、自然といくつかの技が生まれた。
私は、ただ捻らないように、居つかないようにと動くだけなのだが、何度か驚きの声を上げて下さったから、バスケットボールの常識では有り得ない動きを私がしたのかもしれない。

いま一番の悩みは、新入生に、私が説く捻らない動きを冒険であっても教えてゆくべきか、従来の常識的なバスケットボールの基礎を教えてゆくべきか、ということらしい。ただ、その悩みも嬉しそうに語られていたから、気持ちは私の術理に傾きつつあるのかもしれない。

いずれにせよ、生徒達に教えるのが最近楽しくて仕方がないようであり、私も、私の武術をそのように活かしていただいて、大変嬉しく思っている。

以上1日分/掲載日 平成11年6月7日(月)


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