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※2001年8月1日(水)以降については、「随感録」を御覧ください。

2001年3月7日(水)

3月3日東京を発って空路長崎空港へ。迎えに来て下さった理学療法士のK氏の車で佐賀市内へ。まずホテルに荷物を置き、4時からS高校で技と術理の解説。理学療法士の方々が中心だったが、剣道部の指導者の方々や部員の高校生も何人か参加。夜は懇親会。

翌日4日は、県立病院での講演と実技。この日は私の根岸流の兄弟子に当たる真鋭会の寺坂進先生が、顧問の方々と共に北九州から車で駆けつけて下さった。
講演終了後は、直ぐに前日から来られていたK学院のM先生の車で熊本に向かう。この日は強風に時折雪が混じり、とても3月の九州とは思えないほど冷え込んでいた。
K学院到着と同時に、直ちに実技の解説。中学、高校のバスケットボール部員約20〜30人に、熊本のH技研の野球部の関係者数人、そして教員の方々数人の前で、走り方、躱し方、その他さまざまな動きを実演し、説明した。
見慣れぬ動きに中高生は、はしゃぎまわって楽しそうだったが、中に1人、抜群にセンスのいい動きの中学3年生がおり、目をみはらせられた。前日の佐賀の高校生の中にも目に輝きのある生徒が1人いたが、こうした時代の中、十代で目に輝きのある子をみることは私にとっても救いになる。
それにしても若い人のエネルギーに乗せられて動きに動いた為か、宿へ着いたら(連日の疲れもあったのだろうが)あちこちに筋肉痛が出ていた。ただ、幸いこの宿が温泉で、気泡風呂などもあり、しかも空いていたため、ゆっくりと体を休めることが出来た。

そして5日は、この日の夜、岡山である稽古会に向かう前に、M先生の運転する車で、思いがけず阿蘇近くのH神社を訪れることになった。
このH神社については、以前から何人かの方々から話を聞いていて、いつか私も訪れる日があるかも知れないと漠然と思っていたが、まさかM先生の導きで突然訪れることになるとは思わなかった(M先生は別に神社とは言わず、「甲野先生、先生に見せたい木があるので行きましょう」と私を誘って下さっただけだった)。
前日降った雪で、途中車が坂で滑ったりもしたが、無事H神社に到着。雪の残る階段を昇って参拝し、更にこの神社の裏手にある池にもまわる。
噂どおり独特の雰囲気のある場で、体の中に生気が通ってゆく感じがあった。
宮司さんの自宅と思われる家の門口に生えていた柊の木は一抱えほどもあり、私が今まで見たどの柊よりも太かった。おそらく樹齢数百年だろう。老樹のため葉は柊の特徴である鋭い尖りがなく、まるでモチノキの様なありふれた葉の形をしていたから、あの木を一目見て柊と分かる人は滅多にいないと思う。
H神社で思いがけず時間を使ったことやら、種々話が尽きなかったことやらで、当初はM先生に熊本駅まで送っていただく予定だったが、結局遠路博多駅まで送っていただいた。
3日間に渡り数々お世話になったM先生に、この場を借りて改めて御礼を申し上げておきたい。

さて、2時過ぎの゛のぞみ゛に乗って、4時過ぎ岡山へ。小森君美先生が迎えに出ていて下さり、一度旅館に寄ってから会場の中学校の格技場へ。
この夜は、突然会場が変更になり、場所も岡山市内から遠かったせいか10人に足りない程度の参加だったが、レスリング、ボクシング、棒高跳び等、例によってバラエティに富んだ分野から人が来られていたので、現在の私の動きの程度をじっくりと検討するにはよい機会だった。
そして今回も小森先生にはすっかりお世話になり、翌6日岡山駅でお別れするまで、ずっと話が尽きることはなかった。

講座や稽古会などの仕事の日程は5日ですべて終ったが、あと今回の旅行の重要な目的の1つ、宇城憲治先生とお会いするという用件が残っていた。
ただお忙しい宇城先生だけに、無理をしていただくのも申し訳なく思っていたが、6日の夜に「7時からお会いしましょう」との御連絡を岡山でいただき、6日はまず名越クリニックに寄って、昼食を御馳走になりながらしばらく話をし、その後、視覚情報センターに田村所長を訪てから、新大阪駅の千なり瓢箪で宇城先生と待ち合わせ、地下の和食レストランでお話を伺うことが出来た。
宇城先生とは、昨年11月にも田村所長のところでお目にかかっているが、2人っきりで差し向いでお話を伺うのは随分久しぶりである。
前日まで3日間、宇城先生は座波仁吉先生御夫妻と共に宮崎の心道会の本部へ50周年の祝賀会に行かれていたとのことだった。そして、その間座波先生から今まで気づかなかった更にハイレベルな動きを学ばれたとの事で、あらためて座波先生のレベルの凄さ、空手の奥の深さに感動されていた。
ここ数年、宇城先生の技の伸びは加速度的などという状況ではなく、格段の進歩が続かれていたが、この3日間で又さらに高いレベルに達せられたようだ。
それにしても、87歳になられた座波先生が宇城先生ほどの方をさらに感動させる内容の動きを伝えられるということは、まったく素晴らしい話である。
この夜は、そうした御自身のお話の他、私の今後の活動について種々親身なアドバイスをいただき、御厚情が身に沁みた。あらためて宇城先生が、会社の中でも部下の方々からの信望が厚い理由がわかった気がした。
そうこうしているうちに、私が乗る予定の゛のぞみ゛の発車時刻が迫ってきたが、滅多にない機会なので、この夜帰宅することを断念し、さらに1時間、10時までこの店でお話を伺った。この間、宇城先生のビールの強さは相変わらずで、大ジョッキ5杯にお銚子1本、さらにビールの大ビン1本が空になった。
話に身が入ったせいもあったのだろう、閉店近くになった頃、客は我々1組だけとなっていた。私は名越氏の所へ泊めてもらおうと思っていたところ、宇城先生から「せっかく大阪に来られたんですから」と新地の宇城先生行きつけのお店にそれから案内していただき、結局ホテルまでとって戴いた上、私の財布を決して開かせぬ迫力あるお心遣いに、ただただ感謝して御厚情に甘えさせていただいた。

それにしても今日7日家に帰り、8日は野球のK選手に桐朋高校の長谷川、金田両先生を紹介して動きの検討会。翌9日は池袋の講座。そして10日再び大阪での稽古会。その夜のうちに四国入りして11日午前中は茶道の会で講演をし、午後は稽古。翌12日は、東京で開かれるスポーツのセミナーでの演武、解説と連日予定が目白押し。
しかし、これも宇城先生のスケジュールにくらべたらどうということはなさそうだ。ただ根本的な身体の強健度が違うから、自分のペースは見失わないように気をつけようと思っている。
それにしても私の活動が人の縁によって支えられていることを、改めて再認識させられた旅だった。

以上1日分/掲載日 平成13年3月7日(水)


2001年3月14日(水)

最近の忙しさは異常を通り越している。以前は昼食もロクロク座って食べられないほどとはいえ、まあ、とりあえずこなさなければならない用件のほとんどは何とかこなしていたが、最近はかなり重要な、しかも急を要する用件でもウッカリ忘れてしまっていたり、気にはなりながら、ついつい時期が過ぎてしまったり、という事がしばしば起こるようになってしまった。誠に申し訳ないと思うが、申し訳ないと思ってもいられないほど次々にまた処理しなければならない用事が降ってくる。従って、長期計画の本の原稿などずっと止まったままで、これは何とかしなければと焦り始めているがどうにもならない。そのため、この『交遊録』の更新も遅れがちだが、何人もの方々への手紙の返事代りに、又出版社の方々には重要な用件は催促をしていただくようにという思いもあって、時間を盗むようにして今書いている。

3月10日は、朝早く起きて゛のぞみ゛に乗り、大阪での稽古会へ。稽古会には、かの他流試合千度無敗といわれた無住心剣術三代、真里谷円四郎をも凌ぐ腕前であったといわれる゛中村権内゛の直系ではないものの子孫に当られるというO氏がみえられ、初めて御挨拶をする。O氏は昨年拙著『剣の精神誌』を読まれて、御自分の先祖が高名な剣客と初めて知られたとのことで、今年2月に私に御手紙と中村権内や中村の師、片岡伊兵衛の系図や墓の写真等を送って下さった方である。御手紙を戴いた時は思いがけぬお便りにしばし感嘆した。
この日は、そのまま夜は四国に入り、守氏の迎えでホテルで一泊。翌日は、午前中は『淡交会』というお茶の会で話をし、午後は稽古会。ここで約6〜7年ぶりに会ったM氏は、空手から古流柔術、中国武術、ブラジリアン柔術まで幅広く学んで独自の゛武術゛を打ち立てられており、久しぶりに手を合わせて、その後の打ち上げでは、大いに話が弾んだ。

12日は、守氏への2日に渡るお心使いを謝して東京へ戻り、その足で飯田橋のレインボーホールで開かれた『スポーツ科学セミナー』へ向かう。これは、スポーツライターの小林信也氏のプロデュースによるもので、講師としてトレーナーの白石宏氏、心理学博士の伊東明氏の話があり、私も武術のスポーツへの応用ということで演武と話をさせていただいたが、この日は桐朋高校の金田伸夫、長谷川智の両先生も私の動きをどのようにしてバスケットボールに応用したのかという具体的な話をして下さり、おおいに助けていただいた。
このセミナーの時、又その後の打ち上げでもセンスのいい意見をおっしゃってくださった新潟明訓高校野球部の佐藤和也監督をはじめ何人かの方々とは大いに話が盛り上がり、打ち上げの2次会がお開きになった時は、翌13日の午前1時をまわっていた。

そして13日は、午後からトレーニング・ジャーナル誌の企画で、渡会公浩、東京大学助教授とナンバについて対談。学者の方のナンバ研究と私のような現場の人間との感じ方の違いにかなり戸惑ったが、まあ何とか編集の方がまとめられるだろう。

来週は新潟でのアライ・フォーラムがあり、その準備もしなければならないが、稽古で気づいたこともちょっと整理しておきたいし…、この時間の足りなさ、何とか工夫はないものだろうかと思う。

以上1日分/掲載日 平成13年3月18日(日)


2001年3月25日(日)

3月22日はアライ・フォーラム2001に出席のため新潟県新井市へ。初参加のアライ・フォーラム2000からもう1年かと思うと、年ごとに月日の経つのが早くなっていることを実感する。
上野駅から乗った゛あさま゛には、昨年のフォーラムでいろいろとお話しをさせて戴いた方々のお顔があり、そうした方の中からお弁当の一部をすすめられたりと、何やら遠足気分。
長野駅からはフォーラム用にと貸切バスが用意されていたが、バスの車中では関西大学の植島啓司先生といろいろ話しながら行ったので一層遠足気分となった。
その上、フォーラム初日前の夕食は、南伸坊氏、藤森照信先生、小倉エージ氏等と我々(植島先生と私)が合流したから、他愛のない話でも盛り上がり、誰いうとなく、「これから何かやるっていう雰囲気じゃないよね」。そんな話を隣のテーブルで聞かれていた養老孟司先生が、何か面白いことをおっしゃったらしいが、口の中で呟かれるような、あの喋り方なので聞き取れなった。
こんなお祭りムードで始まったフォーラムだったが、この日3月22日から24日の夜までの、3回のディスカッションには疲れた。世代の違い、価値観の違い、専門の違いが一同に会することの難しさが昨年にくらべ一層際立った。只、肌で実感としてそれを感じられたということは、貴重な体験だった。
それにしても、この困難なフォーラムをなんとか最終日まで持っていった司会の神津十月女史の力量というか人柄の力には改めて頭が下がった。
今回このフォーラムで縁が出来、又別に時間をとって個人的にお話を伺いたいと思った方は何人かいらしたから、やはりこのフォーラムは私にとっては有り難い催しだったとは思う。
 
もっとも私以上にこのフォーラムを楽しんだのは、やがて中学3年になる私の長男で、今年1月初めてスキーを経験したところだったので、過分な待遇でのスキー滑り放題は嬉しかったことだろう。しかも昨年同様、我々家族にはプロスキーヤーの斉木隆氏がずっと貼りついて下さったから大変な贅沢だった。
それにしても、やはり若さのせいか長男の上達ぶりには目を見張らせられ、私の1年ぶり2度目のスキーを植島先生に褒められたのも、(50歳を過ぎて初めてやったにしては)というカッコつきの煽てが多分にあったことを改めて自覚させられた。

来年はどうなるか分からないが、フォーラム最終日よほど疲れた顔をしていたらしい私に、「甲野先生、懲りたなんて言わずに来年も是非来て下さいね」と、何ともいえぬ温かみのあるまなざしで念を押して下さった神津女史の顔を思い出すと、今はお招きいただいたら又伺おうかと考えている。
 
25日夜、家に戻ると何通もの郵便物、それに『現代思想』で、この1年間ずっと往復書簡形式で対論してきた立教大学の前田英樹氏から、往復書簡の前田氏の最終回がFAXされて来る。
「さすがは、」という文面、これに私が返事を書いて完結することになっているから責任は重大。しかし、いろいろと考えず出来るだけ素直に今の私の思いを書いてゆくことにしたいと思っている。
゛素直゛ということの大切さは、今回のアライで斉木氏のアドバイスを受けてみるみる上達した長男のスキーを見ていて、いまさらのように実感した。゛いいなり゛と゛素直゛ということの違いについて一度ゆっくりと考えてみようと思っている。

以上1日分/掲載日 平成13年3月29日(木)


2001年3月29日(木)

昨日は私の稽古会の会員で、日本における各種コウモリの保護と研究をすすめている゛コウモリの会゛の事務局長である水野昌彦氏から『コウチャンしあわせにね!コウモリ飼育観察日記』という単行本が送られて来た。
この本は、今から20数年前当時小学校3年生であった中尾宏隆君によるイエコウモリの子育て記で、それを補足する形で父君中尾博巳氏の日記も併記されている。
1匹の幼いコウモリを中心に家族がその成長に一喜一憂しているさまは微笑みを誘うと同時に、現代失われかけている家族の絆を読む人に訴えかけている。
私は、私が最も関心を持っている剣客松林左馬助が蝙也斎と号したこともあて、蝙蝠には以前から特別な親しみを感じており、そのため一層この本が印象深かったのだと思う。
発売元はブッキング(TEL03‐3233‐5336、FAX03‐3233‐5337)で、定価1800円。
御関心のある方に一読を勧めたい。

また、この日ちょうど同じ便で送られてきた『倫理という力』(講談社現代新書)は、現在『現代思想』誌(青土社)で私と対論中の前田英樹立教大学教授の著書。
骨太な、いかにも前田氏らしい切り口で現代の世相に斬り込んでいる。
混迷を深める現代社会の中で自分のよって立つ価値基準をどこに置くかを真剣に考えている人達には是非読んでいただきたい。

以上1日分/掲載日 平成13年4月1日(日)


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