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2008年8月2日(土)

 7月30日、夏期の集中講義のため、神戸女学院に行くと、『千代鶴是秀写真集2』の色校が届いていた。これは、この本の版元であるワールドフォトプレスの編集者H氏から私に、書店に置く、この本の宣伝文の依頼があったためだが、パラパラとページをくっていると、強く魅きつけられるところが何カ所もあり、思わず時を忘れて読みふけってしまった。H氏からは宣伝のための推薦文を40字ほどにまとめてほしいと依頼されているが、この色校で新たに知った、真に唸らされるエピソードの紹介などは、とても40字におさまるはずもなく、残念な思いをしていた。すると、翌日、ちょうど私に連載の依頼をしにこられた雑誌『Re:S』の藤本編集長が、私がもっとも感激したエピソードにいたく共感されたので、早速書かせてもらうことにした。いま、様々な媒体からの執筆依頼はいくつもあるが、こちらから頼んででも書かせてもらいたいような媒体は、滅多にあるものではない。
 そうしたなか、その感性と生き方には少なからず共感させられる藤本氏との出会いは、貴重な出会いだった。藤本氏とは、今年の6月4日、俳優の佐野史郎氏の写真展に伺った時知り合ったのだが、その縁の不思議さを感じられずにはいられない。とにかくこの旅行中であったこと、気づいたことなど、書きたいことは山のようにあるが、旅先なので、ここまでとしたい。
 今日は、これから養老先生を囲む公開トーク。

以上1日分/掲載日 平成20年8月3日(日)


2008年8月8日(金)

 11日間にわたった西日本の旅を終えて、3日の夜帰宅したが、帰宅してからの方が旅行中よりも大変だった。
 旅行中も、私のホームページの管理人S氏から折々新しい依頼や情報が入って来てはいたが、帰宅してみて、あらためて私の実質的本業は、そうしたスケジュール管理や雑務だと認識させられた。急ぎではなさそうな手紙など、まだ封も切っていないものが何通もある。
 それにしても、そうした忙しさのなか、私を取材した日本語力のないライターの稚拙な文章に付き合わなければならないのには参る。「読み返してみて、おかしいとは思いませんか?」と電話口で尋ねても、「申し訳ありません、申し訳ありません」では、こちらのやる気が一層萎えていく。そんな時、大阪の高校からの訪問授業の日程の問い合わせが入る。この件で仲介の人からすでに何度か電話が入ってきているのだが、それは私に来て欲しいという高校側の日がきわめて限定されているからだ。その限定の理由が、「大学受験を控えていてカリキュラムを変えられないので…」というのだから腹が立ってくる。「そんなにまでして時間をとって大学受験対策をして、大学に入って卒業して、ロクな日本語も書けないまま、プロのライターになっている者が多い状況を、高校をはじめとする受験関係者はどう思っているのだろう」と、今回はなぜか現代の教育の在り方がひどく歪んでいるように感じられてならず、大阪の高校の出張授業は断った。
 最近一際強く思う事は、現状を根本的に変えることは難しいにしても、それなりの気骨を感じさせる肚の据わった者が本当にいなくなってきた。そうしたなか、「我が身に起こったことは、すべて自分の責任だと思え」という整体協会の創設者、故野口晴哉先生の教えを骨の髄まで沁み込ませ、停車中の車内にいて、猛スピードで突っ込んできた別の車にぶつけられても、些かも相手を責めず、治療費を一銭も要求しないような人がいることは、私にとって何よりの救いである。

以上1日分/掲載日 平成20年8月9日(土)


2008年8月12日(火)

 私も、もう来年は還暦を迎えるが、この年になるまで、これほど忙しいお盆前後の日々を過ごした記憶がない。
 ここ数日の忙しさは今年に入っても初めてだと思う。インタビューや写真撮影、それから日限を切られた雑誌の校正と原稿書き、それに本の企画の打ち合わせに、共著の単行本の最後の素読み、TVの企画の打ち合わせなどなど、とりあえず、早急に対応しなければならない用件が10件くらいある。7月頃からの慢性的な忙しさで、私が先方からのメールに気づかなかったり、ということもあって、こんなハメになってしまった。もはや寝る時間をすべて削っても間に合うかどうかというありさまだから、きっとかなり大切な約束もいくつかは忘れていると思う。

 事ここに至って、近々ではとても時間がとれないかもしれませんが、私と何か約束されている方は確認の、お電話いただきたいと思います。

以上1日分/掲載日 平成20年8月14日(木)


2008年8月22日(木)

 忙しさは相変わらずだが、この用件の山をどうやって乗り越えるのか「その事を考えたくもない」という程の忙しさからは漸く脱し、「ひどく忙しい」という程度のレベルになってみて、つくづく思うのは「やはり自分の考えは自分で書くしかない」ということである。
 したがって、今後雑誌などのインタビューは、ライター抜きで行ないたいと思う。編集者と話をして、録音した話のどの部分を書いて欲しいか要望を聞き、私が書くことにしたいと思う。
 とにかく現在の日本のライターのレベルは本当にひどい。私もいままで我慢していたが、下手なライターがまとめた文章は面倒なだけでなく、「ああ、もうこんなにも日本は崩壊してきたのか」と、気分が滅入ってくるからである。
 まあ、なかには校正の赤入れが、やり甲斐のあるような秀れたライターの方とも、ここ20年ほどの間に数回は出会えたが、最近はまったく出会わない。このままでは、今後そういう人達に並ぶほどの人と出会う前に、下手なライターの毒に当てられて潰れてしまいそうである。
 それにしても、いつの間に私のような、それが専門ではない物書きが嘆くほどに日本は崩壊してしまったのだろう。安全、豊かさ。とにかくこれだけを至上の価値として、夢も希望もない日本にしてしまった流れは何なのか、それを考える本を書いてみようと最近思い始めている。
 ここのところ数日の間に、日が落ちると青松虫が鳴くようになってきた。もう秋の気配。それと共に私のところに様々なところから講演、講習会の依頼が、多い日は5件くらいも入るようになってきた。そのため、日が重なり自動的に引き受けられない依頼も多くなってきた。しかし、予定が空いていても、ギャラが良くでも、もう決まりきった介護法の紹介や効率のいい動きを実演して欲しいというだけの要望には、いささかウンザリしてきた。
 安全と豊かさを強調し、少しでもリスクを減らし、自分の責任をとらなくて済むようにと、子供達の遊び場で滑り台をなくし、ブランコをなくし、とにかく目先の保身にばかり汲々となっている日本。もちろん、それは僅かなトラブルでも誰かのせいにしたがる、自分が生きることに誇りも何もなくした人間が大量発生したからだろうが、そういう傾向に歯止めをかけようとした者が、殆どいなかったという事が情けない。
 これは、ひとつには「人を尊敬する」ということが、この国では滅びかけているからだろう。もちろん、現代でも有名スポーツ選手やタレントなどに憧れる者は多いだろう。しかし、憧れと尊敬は似てはいるが根本的に違うものである。(少なくとも私のなかでは)おそらく今は、多くの人達が憧れと尊敬の違いがわからなくなってきているのだと思う。
 少し前に、身体教育研究所の野口裕之先生は、「人間は誰かを本当に尊敬するという経験をした事がないと肚は出来ない」と話をされていたが、この話には深く感動した。
 しかし、今は患者を「患者様」として扱い、なんと子供達の教育現場でも、学校に入学して下さる生徒はお客様なのだからと、教師達に生徒への接し方を学んでもらおうと、航空会社の客室乗務員を講師に招いて、講習会を開いたりするようなところまで出てきているという。
 まあ、日本という国は、そんな非常識な事も許される言論と行動の自由ある国だというふうに見れば、統制だらけの国よりは「いい国だ」という事になるのかもしれないが、安全と豊かさを強調し、国民の足腰を腐らせている一大要因のひとつ(と私が思っている)「何でも科学的に考えよう」と、とても現代の科学では扱えないものまで、科学的に見ているフリをして結論を出したがる科学信仰の問題点を追及することには、どこの報道機関も一様に腰が引けて、ある強力な自主規制がかかっている。
 たとえば、少し前に「あるある大事典」という番組で、納豆にダイエット効果があると発表し、一時スーパーの納豆が売り切れるほどの事態となった後、それが制作サイドの強引な仕掛けだった事が判ったとして、関西テレビがひどく糾弾された事件があった。
 しかし、この手のテレビ番組が大袈裟に効果を強調したがるのは、番組の雰囲気を見ていれば明らかであり、まあ「納豆が実は有害食品だった」というのなら大騒ぎするのも分かるが、納豆がそこそこ健康にいい、しかも太りやすい食品ではない事は、周知の事実なのだから、あの大騒ぎは異様というしかなかった。
 私がこの大騒ぎの件が特に問題だと思うのは、あの事件の逆バージョンの場合、世間もマスコミも全く騒がないという事である。逆バージョンとはどういう事かというと、現代の科学的手法では全く解明出来ないにもかかわらず、それが出来るかのような大間違いな解説を、一応そういう事を専門とする大学教授などが行なったとして、その事を非難批判する声はまったく報道されないという事である。
 ここに具体例をひとつ挙げておく。「近未来予測、ジキル&ハイド」というテレビ朝日放映の番組が、私が開発し、岡田慎一郎氏が発展させつつある武術介護を取り上げたいという事で、岡田氏や私に取材があり、岡田氏がVTR出演するというので私も出ることになったのだが、なんと岡田氏の介護の技を解明できるという大学教授の許で、その解明実験が行なわれたようだ。しかし、そのやり方のあまりの杜撰さと独断のひどさに岡田氏も呆れ、実験の後半では完全に対立してしまったようだ。
 我々の介護の技が、現代の物理や工学的手法では解明が困難なことは、人工知能やロボットの世界では第一人者といわれているスイスのロルフ・ファイファー博士も、東大で行なった私のデモンストレーションを見学されて明言されていたし、私が縁のあった何人かのロボットの専門家の方々も、一様にそのことを認められている事である。
 私も、この番組に関わるため、制作スタッフにその杜撰な実験から安易な結論を出そうとする大学教授の解説が武術介護の説明として放映されるような事があれば、断固たる処置をとると伝え、どうやら、その教授の登場場面はかなり減る事になったらしいが、放映されてみないと何とも言えない。とにかく、本来ならそうした教授の存在自体、大問題であるにも拘わらず、その教授を糾弾するという方向には報道機関は全く腰を上げないのである。
 科学者を名乗り、国が認める機関(大学)などで、教授といった社会的信用を得る地位を得ていれば、マスコミは一切手をつけない。こういう事が放置され常態化し、ますます日本は崩壊してゆく。どこかで誰かが勇気をもって、いまの日本を腐らせている元凶のひとつである、大した根拠もないのに「科学的」「科学的」と言って人々を惑わす世の中の傾向を告発し、心ある人々の目を覚ますような番組なり本なりを企画制作するという決断をしないものだろうか。

以上1日分/掲載日 平成20年8月22日(木)


2008年8月25日(月)

 前回の、この随感録で「凄まじい忙しさも、ちょっと一段落」というふうに書いたが、それが私の勘違いであったことが判った。
 何しろ今月の一時期は、家の固定電話で話していてキャッチが入り、そちらに切り換えて、いままで話していた人に切ってもらって、すぐ再び別人からのキャッチホン。そこで応対している時に、携帯が鳴って…というような事があった。そのため、誰と何をどこまで話したかもわからなくなってしまい、それでもなお、その事に悩んでいる暇もなかったのである。そうやって差し迫った用件にかかりっきりになっているというような事が2度ほどあって、そのため完全に記憶から欠落していたらしい用件があるようだ。そしてそれが突然のように現れたりするからである。
 人間追いつめられると、早く電話を切りたくて、受けたくもない依頼を受けてしまう事も起こるのだという事に、最近はじめて気づく。このような訳で、すでに受けてしまった依頼も完全に忘れてしまっている恐れのあるものが2つか3つくらいありそうである。
 たしか私にプロフィール依頼の手紙かメールがあった筈だが、その書類も見当たらないし、それがどこからの依頼だったかも全くわからなくなっている。

 お心当たりのある方は、是非問い合わせのメールと電話をお願い致します。以前にも申し上げましたが、依頼を引き受けた方からは、くどいほどに念押しの電話やメールを頂くのは少しも構いません。というより、私のダブルブッキング防止の為にも、是非そうして頂きたいと思います。

以上1日分/掲載日 平成20年8月25日(月)


2008年8月26日(火)

 昨日はバジリコの安藤氏に、脳科学者の茂木健一郎氏との共著の最終校正ゲラを渡す。そして直にPHPから届いている名越康文、名越クリニック院長との共著のゲラの校正に移る。この2冊とも何とか年内には出るだろう。2冊とも、ライターはこの20年間で5人と会えなかった稀有なセンスのある方なだけに、赤入れにも熱が入る。
 しかし、約1週間後の名越氏との読み合わせまでには、今週後半からの東北行きがある上、他にもやらねばならないことが山積みしているので、東北行きには後半を宿題として持って行かなければならなくなりそうだ。そして、その東北行きまでに、最近の私の技の展開も整理しておく必要がある。
 とにかく、この8月は前例のない忙しさだったが、技の展開が滞っていたわけではない。5月の末に気づき、それまでの30年間の苦労が「ああ、どうしてもっと早くこの事に気づかなかったかなあ」と悔まれたと同時に、「まあ、これに気づくこと自体、宝くじに当たったようなものだなあ」と思った、太刀を夢想願立の絵伝書のように両手を寄せて持つ持ち方からの展開は、体術にもその影響が及び、この両手を寄せた持ち方を鏡に写してみても、ようやく6月頃のような「なんとも素人っぽくて落ち着かないなあ」という感じはなくなってきた。今後、この持ち方がどのような展開をみせるのか、まるで想像がつかないが、まだ私をこの先の見知らぬ世界へと導いていってもらえるように思う。
 まあ、今度の30日の仙台31日の八戸の講習会では、現時点での、この太刀の持ち方の特色を中心に稽古を展開したいと思っているが、現代剣道の方はもちろん、他の剣術流派を学ばれている方にとっても、かなり異風な、常識外の剣の使い方と、そこからの展開を御覧頂けるかと思う。

 八戸の方は、まだ受講者には余裕がある様子なので、お問い合わせ頂きたい。(仙台の方も、まだ多少は大丈夫でしょう。御関心のある方はお問い合わせ下さい)

以上1日分/掲載日 平成20年8月26日(火)


2008年8月31日(日)

 仙台での講習会が終って、仙台駅近くのホテルに泊まっていた昨夜、桜井章一雀鬼会会長から電話を頂く。電話の内容は、私が桜井会長に読んで頂こうと送った『千代鶴是秀写真集A』の礼を、わざわざ私に伝えて下さるためのもの。この写真集は、作品の見事な写真はもちろん見物だが、不世出の道具鍛冶と謳われた千代鶴是秀と下町の名工と呼ばれた嶋村幸三郎という2人の鍛冶職人の交流にまつわる、本当に心を洗われる見事なエピソードが紹介されていて(この本の123ページに)、それを是非桜井会長にも読んで頂きたかったからである。(近々刊行予定の雑誌『Re:S』に、このことについて私が書いたので、御関心のある方は是非お読み頂きたい)
 お電話頂いた折、この写真集のことを雀鬼会ホームページ(私のホームページとリンクしている)のレポートに書かれるとの事だったが、今日その内容を読ませて頂いてビクリ!慌ててこれを書いている。
 桜井会長の私に対する過大評価は今に始まったことではないが、それにしても今回は特に身が縮む。しかし、まあ畏友名越康文・名越クリニック院長の感想のように、この本が近頃体調があまりすぐれない様子の桜井会長に元気を出して頂くキッカケとなったのなら、それでよしとしようかと思う。
 桜井会長と名越氏といえば、いよいよ御二方の共著『未知の力を開く!』がゴマブックスから数日中に刊行される。この本は、私も少し関わっただけに、読ませて頂くことを大変楽しみにしている。
 今回の東北の旅では、武術の技に関しても、今後の進展につながると思われる気づきもいくつかあったが、それを書くよりも桜井会長の過大評価を少しでも薄められたらと、慌ててこれを書いたので、本日はここまでとしたい。

以上1日分/掲載日 平成20年9月2日(火)


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